正義
正義…良い言葉ですね。
ヒーローと呼ばれる人達は皆この正義の為に戦っています。
私が思う「正義」とは
「信じるものを持ち、なおかつ己が“正義”と信じるものはすべからく正義となりうる。
それは他人の“定規”ではかれるものではない」
というものです。
国家の「正義」は正にこの通りですね。
A国は「テロリストを起こすような奴等をかばう国は悪だ」と言い、
B国は「資本主義社会で儲かる奴等は悪だ」と言います。
そして両者はいがみあい、「正義」の戦争や「正義」の為に破壊活動をします。
決着がつくと勝者は高らかに叫びます
「ほら見ろ、我々が正義なのだ!」と。
皆様の前に「地球は人類のせいで滅亡してしまう。だから人類を滅ぼす。」
という信念を持った団体がいたとしましょう。仮にE隊と名付けます。
E隊は地球にやさしい方法で地球人類を抹殺しようと試みます。
そして人類を抹殺したら自分達も自殺しようとしています。
それを阻止する為に「人類は地球よりも大事だ」という信念を持った人間が現れました。
この人間は人類第一に行動を起こし、E隊を潰そうとしています。仮にヒュー・マンと名付けましょう。
さて問題です。
貴方はE隊とヒュー・マンどちらがヒーローだと思いますか?
あるいはどちらもヒーローだと思いますか?その反対ですか?
…私はどちらもヒーローだと思います。何故なら彼等は彼等なりの信念を持っているからです。
実際的には「地球も人類も平等に大切にする」のが一番良いのかもしれませんが。
さて私の「正義」論を当てはめると世の中全てが正義になってしまいそうですが、実はそうはいきません。
私の言う信念には「欲からくる信念」は含まれないからです。
「欲からくる信念」は信念ではありません。単なる欲望です。
信念というのは「意思や大志からくるもの」です。
よって「イライラしたから人を殺す」のは「正義」とは言えません。「人を殺す経験をしてみたい」も同じです。
あと、本能も「正義」や信念とは違いますね。
何故ならば「正義」は人間が作ったものですが、
本能は生物が生まれた時から備わっているものだからです。
従って闘争本能の為に殺人をしても「正義」ではありません。
また、一般的には「正義」はより多くの人間が信じる「正義」が「正義」になるようです。
極端な例でいくと、ある新興宗教団体が
「我々の神は正義だ、我々の神に従わぬ奴等は悪だから殺してしまえ」
という事で民間人を殺戮すれば、彼等は悪人として警察に捕らえられてしまいます。
この宗教団体が一つの国家を形成すればその国では彼等は「正義」の味方です。
まぁ近代国家では「憲法や法律が一般的な正義」ですが。
By.Dr.ウニボン