ドラゴンで行く空の旅はなかなか快適なものであった。
 静かであまり揺れず、ゴツゴツとしてはいるものの、座り心地も悪くは無い。
 強いて欠点を言えば……優牙は目の前に居るシオンに掴まらねばならず――シオンは気にしないとは言ったものの、優牙のほうが逆に恥ずかしかった。
「ところで、竜宮さん。」
「シオンよ。」
「ん?」
「苗字だと、その……同性同名で似てる人が居るから、出来れば下の名前で呼んで欲しい。」
 シオンは途中何か言いかけて躊躇(ためら)ったようだが、優牙がそれに気付く事はなかった。
「ん、あぁ。じゃあ、シオンさん。
 聞きたい事があるんだけど。」
「何?」
「俺たちは何処に向っているんだ?」
 確かに、優牙の疑問はもっともだった。どうも島の中心部付近に向っているようだが、詳しいことは優牙には分からない。
「…………。
 さぁ? 適当だと思う。」
 なんともまぁ無責任な答えを淡々と口にするシオン。どうやらドラゴン任せで適当に飛んでいるらしい。
「あの、俺は向う場所があるんだけど。」
「そうなの? 近くまでいいなら乗せていくけど、何処?」
 優牙はシオンに場所を教える為、鞄から地図を取り出す。が、シオンへ手渡す瞬間に、突風に飛ばされてしまった。
「リューイチ。」
 シオンが合図を送ると、ドラゴンはググッと向きを変え、風に乗った地図を捕らえるべく速度をあげた。
 ドラゴンが地図を咥えようとした、まさにその時。
 何処からともなく飛んできた白球が、シオンの頭部を直撃したのである!
「し、シオンさん! 大丈夫!?」
 優牙が彼女を抱き寄せると、どうやら気絶していうようだ。白球が当たった部分にはたんこぶが出来ている。
 更に主を失ったドラゴンが激しく暴れ始めた。口から火炎を吐き、めちゃくちゃに飛び回る。
「ちょ、シオンさん! 起きて! ドラゴンんを制御してくれっ!」
 優牙の呼びかけにもまったく応じず、シオンは気絶したまま。ドラゴンは次第にその高度を落としつつある。
「グオオオォォォォンッ」
 主を失ったドラゴンは、遂にその肉体を失い空中で拡散消滅。優牙とシオンは林の中へと自由落下を開始する。
「うああああああぁぁぁぁぁぁっ」
 落下の途中、優牙は小さな空き地で数人の人間が野球をしているのを見た気がした。

 どれくらい時間が経っただろうか。
 優牙は林の中で目覚めた。
「イテテテテテッ」
 起き上がって体を確認してみるが、大した怪我はしていないらしい。骨も折れてはいないようだ。
 ふと頭上を見ると木々の枝が何本か折れている。
 どうやら枝がクッション代わりになったらしい。それに……消滅の寸前までドラゴンが高度を落としていたのも幸いしたようだ。
「はっ! シオンさんは!?」
 辺りを見回すと、シオンは優牙の足元にうつ伏せで倒れていた。
「シ、シオンさんっ!」
 優牙は慌ててシオンを抱きかかえる。
 枝に引っ掛けたのか、服が破れ上下の下着が多少露出していた。
(白! ……じゃなくて! まずは怪我が無いか確認しないと!)
 純白の下着に気を取られつつも、()め回すようにその肉体を見つめ……いや、怪我が無いか確認をする優牙。
 不幸中の幸いか、白球がぶつかった部分以外は目立った外傷は無いようだ。
「う、う〜ん……。」
 呻き声をあげつつ、少女は薄っすらと目を開けた。
「あ、良かった。気がついた。」
 目を開けたことに気付いた優牙が彼女の顔を覗き込む。少女は優牙の顔を一瞥するなり……。
「ん? あんた誰?」
「は?」
 何処か打ち所でも悪かったのか、少女はそんな事をのたまった。
「誰って、キミと一緒に居た……」
「! キャアアアアアアッ!」
 悲鳴をあげるのと優牙の左頬に強烈なビンタを叩き込んで右手で露出した肌を隠そうとするのは同時だった。
「このボケッ! 変態ッ! 死ねェッ!」
 どうやら服が破れたことに気付いて、それを悪い方向に勘違いしたらしい。
 汚い言葉を吐き捨てながら連続ビンタのうえに優牙の股間に蹴りを叩き込み、彼を引き剥がす。
「――ックゥゥゥゥ……。」
 金的が相当堪えたのか、優牙は堪らずその場に転がる。
「アタシが気絶している間によくもっ! アタシに手ェだしたらどうなるか、分かってるんでしょうね!?」
 悶絶する優牙を睨み付け、仁王立ちになる少女は、強気な口調で彼を捲くし立てる。
「ちょ、ちょっと待って、シオンさん……。俺だよ、俺。夢路優牙。
 さっきまで一緒にドラゴンに乗ってたじゃないか。」
 未だ痛みが響く股間を押さえながら、目の前の少女に訴える優牙。
「シオン? あぁ、成る程。そういうコト。
 ぽけぽけシオンならどうにかなるとでも思ったのっ!?
 残念ね。今はこのアタシ、竜宮アリスがこの体の持ち主よ!」
 竜宮アリスと名乗る少女は、確かにそれまでの竜宮シオンとは違っていた。
 たれ目気味だった目は釣り目へと変わり、憂いを帯びていた瞳も鋭い眼差しへと変化している。眉毛も釣り上がっているし、何よりその雰囲気自体が別人のものへと変化していた。
「シオンがキミで、アリスが……えぇ!?」
 何が何だか分からずに混乱する優牙を鼻で笑い、アリスは言う。
「シオンってばまた、何も言ってなかったのね。それともそんなの聞く前に襲ったの?
 まぁいいわ。冥土の土産に教えておいてあげる。
 解離性同一性傷害(かいりせいどういつせいしょうがい)――二重人格。アタシはシオンのもう一つの人格、アリスよ!」
「………………。
 え、えぇぇぇぇっ!?」
 アリスの言葉を優牙が理解するのに数秒程かかった。
 無理も無い。
 優牙はそれまで、多重人格などTVや本の世界でしか見たことが無かったのだから。
「冥土の土産は堪能したようね。」
 驚愕(きょうがく)する優牙に向って強烈な視線を向けるアリス。
「ま、待ってくれ! 誤解だって!」
「問答無用ッ!」
 天に向けて右手を掲げるアリス。それに呼応するかのように、得たいの知れないエネルギーが彼女の周囲を取り囲み、ドラゴンを形成した。
「リュータロウ、思う存分やっちゃいないさいっ!!!」
 先程まで優牙を乗せていたドラゴンとは別の黒いドラゴンが表れた。赤く鋭い眼、全身には禍々しいトゲが生え、大きさも二回り程大きい。
「ギャオオォォォォンッ!」
 恐ろしい咆哮と共に黒いドラゴンは、その鋭い爪が生えた前足を優牙に向って振り下ろす。
「うおぉぉっ!」
 優牙は寸でのところで前足の一撃をかわす。しかし、すぐさま放たれたニ撃目をかわす事が出来ず、その強烈な力に吹き飛ばされた。
「ガッ!」
 吹き飛ばされた優牙は、その体躯を木に打ち付けられる。
 更に黒いドラゴンは容赦しなかった。その鋭い牙の並んだ大きな口をカッと開き……。灼熱の業火を吐き出したのだ!
「ギャーーッ!」
 業火に飲まれた優牙は断末魔の叫びをあげる。
「いくわよ、リュータロウ。」
 優牙の断末魔を聞いて満足したのか、アリスは黒いドラゴンを連れてさっさと立ち去ってしまった。

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