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「ビックリしただろう、この島は。」
「えぇ、そうですね。話には聞いていましたが、まさかドラゴンに会えるとは思っていませんでした。」
 荷物もほとんど片付け終わった二人は、居間のようなところでくつろいでいた。
 優牙が住む事になった元物置は、外見こそは古臭いものの、中は案外と快適であった。キッチンも風呂場もトイレもあるし電気も電波もインターネット回線も整っている。
 問題はアパート住人と洗濯場が共有だったりするところか。元々はアパートの一部だったのだから仕方無いのかもしれない。
「そうだな、何かを顕現(けんげん)させたり肉体に影響を与えるのは能力としては珍しいほうじゃない。
 以前、私のチカラの一部もお見せしただろう?」
「はい。確か杖で突付いた相手を一瞬で気絶させる、でしたよね?」
「そうだ。貴殿(きみ)の相棒もそうだと、これで分かっただろう?」
 アルフレッドの言葉を理解しているのか、優牙の相棒・ミィがちょこんと二人の間に割って入り、ニヤーッと鳴いた。
 優牙の相棒・ミィ。確かにその姿は優牙同様尋常ではない。見た目は小さい三毛猫なのだが……その後ろ足となる部位には長靴を履いている。
 しかもその長靴もミィの体の一部、後ろ足そのものなのだ。
「長靴を履いた猫、か。まさしく貴殿のチカラの一部だよ。」
「こんなに可愛い猫なのに、俺の能力の一部なんですよねぇ……。何か不思議な感じですよ。」
 そう言いながら優牙はミィを抱きかかえる。ミィは些かも抵抗する事無く、優牙に身を任せた。喉をゴロゴロと鳴らすところも、肌触りの良い毛並みも、全ては普通の猫と変わりは無い。いや、逆にそれ以上の可愛さを持っている。
「なぁー、ミィちゃん。俺の能力なのに、なんでこんなに可愛いんだぁ?」
 優牙はアルフレッドには構わずにミィとじゃれ合い始めた。アルフレッドもその光景を微笑ましそうに眺めている。
「ん、どうした、ミィ。」
 ふいにミィが優牙の注意を左側の窓のほうへ向けるよう仕草をした。
 その通りに左を向くと、そこには……。
「――ブッ!」
 優牙は、視線の先の光景に驚くあまり噴出してしまう。
 視線の先には……シオン、いやアリスかもしれないが……竜宮が着替えの真っ最中だったのである。
(ま、まさか、彼女も隣のアパートに住んでたのか!? しかもこんな近くに!?)
「どうしたのかね。一体何が……むっ。これはイカン。」
 窓の外を眺めたまま硬直する優牙が気になったアルフレッドは、優牙と同じ光景を見て、極めて冷静に言い放った。
「女性の着替えを覗く等、紳士として恥ずべき事。夢路クンも止めたまえ。」
 そう言いながら、カーテンを締めようとするアルフレッド。
 しかし、その時に出た物音で、竜宮はこちらに気付いたようだった。
 一瞬目を丸くして驚いた後、不運にも視線の合った優牙を睨み付ける。
「あ、今はアリスさんなんだ。」
 優牙はすぐさまそう判断出来た。
 黒いドラゴンが優牙目掛けて火炎を吐いたからである。
 火炎は片付けたばかりの新居に破壊をもたらし、アルフレッドをも巻き込んで盛大に爆発する。
「こンのストーカーッ! 死ね、ゴミムシッ!!!」
 一通り炎が収まった後、アリスは直接優牙の家に乗り込んできた。
「まだ、懲りてないっての!? このゴミクズ! 死ねっ! 死んで詫びろっ」
 罵声を連発しながら炎に悶絶する優牙を蹴り付け踏み付けなじる。
 その様子は強気を通り越して女王様(、、、)のようでもあった。
「た、竜宮クン、それくらいしてあげたまえ。
 不可抗力だったのだよ。」
 アルフレッドが顔のススを払いながらアリスを止める。
 アリスはというと、アルフレッドの姿を確認した途端、急に優牙への攻撃を止めて……。
「あら〜、アルフレッド小父様ぁ。いらっしゃってたんですかぁ〜。
 はしたないトコロをお見せしてしまって……恥ずかしいぃ〜。きゃっ。」
 今までの威勢の良い強気の口調は何処へやら、猫撫で声でアリスは言う。しかも最後の「きゃっ」の部分はぶりっこポーズのおまけ付きだ。これだけでも十分に二重人格で通用しそうである。
「……何か話から察するに、以前にも何かあったようだが、何があったのかね?」
「はぁい、実はぁ〜……」
「待てっ! それは俺が話をするっ!」
 これ以上誤解を招く訳にはいかないと、優牙がアリスを制す。そして彼女が何か反論をする前に、一気にこれまでの事を話した。
「……何? そのデタラメな話。そんな話が通じるとでも思ってんの?」
 あからさまに不機嫌そうな顔をするアリス。彼女は最初から信じるつもりはないらしい。
 対してアルフレッドは優牙の言う事を黙って聞いていたが……。
「いや、竜宮クン。夢路クンは女性を襲うような事をする人間ではないよ。
 彼は立派に紳士の心意気を持っている。貴女の勘違いではないのかね?」
 そうアルフレッドに言われたアリスはしおらしく素直に「はぁい」と返事をする。
「ウム、では誤解が解けたところで仲直りの握手だ。
 さ、二人とも。握手を。」
 その言葉に優牙もアリスも素直に手を差し出し……。が、何を思ったのか、アリスは優牙の手を掴むなりグイッと彼を抱き寄せた。
「……恋は誤解で生まれる、か。」
 アルフレッドが独りでそんな事を呟いていた時。アリスは優牙の耳元に口を近づけ……。
「後で覚えてなさい。小父様の前で恥掻かせた事、死ぬほど後悔させてあ・げ・る。」
 と、わざわざ耳打ちしてきたのである。優牙は背筋に悪寒が走るのを禁じえなかった。
「さて、親睦が深まったところで。この島や能力についての詳しい説明をしたいのだが。」
 二人の抱擁――と言っても優牙にとっては拷問だったが――が終わった頃を見計らってアルフレッドが切り出した。
「あ、それならワタシがやっておきますよ、小父様。」
「え゛!?」
 アリスの提案に思わず優牙は変な声を出した。
「それは助かるが……宜しいかね、押し付けてしまっても?」
「はぁい、大丈夫ですよぉ。小父様は、早く娘さん達と遊んであげて下さい。」
「ちょ、ちょっと待って。二人っきりになったら殺さ……ぎゃっ。」
 身の危険を訴えようとした優牙だが、アリスの拳がアルフレッドから見えない角度で彼の脇腹を打った。
「ん? どうしたのかね、夢路クン?」
「あら、腹痛かしら。早く寝かせてあげないと。」
 そう言いながら、アルフレッドには分からないよう器用に彼を床に押し倒し、その口を塞いだ。
「……妙なマネをしたら、噛ませる。」
 そうアリスが合図をすると、ドラゴンの首だけがアルフレッドから死角となる場所から優牙を睨み付けた。
「だ、大丈夫か? 医者を呼ぼうか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。後はワタシが見てますから。アルフレッド小父様はどうぞごゆっくりされて下さい。
 ね、夢路さんもそう思うでしょう?」
 そういって、邪気のある笑顔で優牙を見下ろすアリス。
「は、ハイ。アリスサンデモ問題アリマセン。」
 優牙は必死に目配せでアルフレッドに状況を気付かせようとするが、アルフレッドはまったく気付く様子が無い。
「それでは、お言葉に甘えさせて頂くとしますか。」
 優牙の訴えも虚しくアルフレッドはその場を後にする。
「……さて、と。
 たぁ〜っぷり、アタシに手ェだしたらどうなるか、教えてあげるわ。」
「全部そっちの誤解じゃないか!」
「うっさい、害虫! 小父様の目の前で恥掻かせたのはアンタでしょっ!」
「ほとんど自爆じゃないか! 人によって態度を変えるのが悪いんだろ!?」
 アリスは優牙に馬乗りになって捲くし立てる。優牙はドラゴンに睨まれているので、下手に反撃出来ず、反論するだけだった。
「キィィーーーッ、ム・カ・ツ・クゥッーー!
 こン糞餓鬼! よくも人が気にしてる事をヌケヌケとっ!」
「糞餓鬼って……同い年じゃないか。」
 確かに、シオンは高二と言っていたし、優牙も高二だ。
「は? アンタ、まだ高校生でしょ? アタシより年下よ。」
「へ?」
「馬っ鹿ね。解離性同一性障害って言ったでしょ!? 主人格のシオンは高二だけど、このアタシは20歳なのよ!
 あーもう、だから年下って嫌いなのよっ!」
 何をどうすれば年下嫌いの結論至るのかは分からないが、アリスは優牙より年上らしい。
 解離性同一性障害で現れる人格のなかには、主人格とは性別も年齢も違う人格が存在する場合がある。場合によっては肉体にまで変化を及ぼす事もあるという。
「でも、高校には行ってるんだろ? まさかアリスの時だけサボリってわけでは……。」
「うっさい、屁理屈言うな!」
 遂に彼女はその右手を振り上げて、優牙目掛けて振り下ろした。
 が、その拳が優牙を打つ事は無かった。
 長靴を履いた猫・ミィが彼女の右手にしがみ付き、優牙を守ろうとしていたのだ。
「逃げろ、ミィ!」
 優牙はてっきり、ミィはアリスから暴力を振るわれるものと思った。
 しかし、現実は違った。
「きゃーーっ、可愛いぃ〜〜〜! 何この可愛い猫ちゃん、アンタの飼い猫ぉ〜?」
 どうやらアリスはミィを気に入ったようである。腕にしがみ付くミィを引き剥がし、抱き締める。
「飼い猫っていうか、俺の能力で創り出した……」
「嘘ね。アンタがこの猫の能力なんでしょ? 消えろゴミ。」
 ムチャクチャな温度差である。ミィやアルフレッドに向ける好意の1%でもいいから自分にも向けてくれ、と思った優牙であった。
「……あの、ミィと遊ぶのはいいから、退いてくれませんかねえ?」
 未だに馬乗りに状態のアリスに退いてくれるよう頼む優牙だが、アリスは取り合う気は無いらしい。
「可愛いミィちゃ〜ん、こんな馬鹿よりアタシと一緒に暮らしましょぉ〜。」
 そう言いながらミィに顔を近づけるアリス。
 しかし、ミィはあくまで優牙の能力で創られた生物であり、どんな事があろうとも優牙の相棒なのである。だから、彼を傷付けたアリスをミィは許しはしないのだ。
 そこを判断できなかったアリスはミィに復讐を遂げる機会を与えてしまったのである。
 すなわち、ミィはアリスの顔を引っ掻いた。
「きゃあっ、痛いっ!」
 アリスは思わずミィを空中へ放った。
 そして忘れてはいけないのは、この場にはもう一体、特定の人物に創られ特定の人物のみに従う忠実な僕が居る事。その僕もまた、主が傷付けられれば全自動で対象を排除する性質を持っていた。
 首だけのドラゴンはすぐさまその禍々しい全身を表し、アリスの意思とは無関係に、彼女を傷付けた相手を排除すべく、大きな口をカッと開いた。
「ミィ〜ッ!」
 優牙は咄嗟に相棒を助けるべく、アリスを突き飛ばして上半身を起こし、ミィを抱き寄せた。
 黒いドラゴンが火炎を吹いたのと、それを優牙がかわしたのはほぼ同時。更に黒いドラゴンは火炎を吐いた直後にその姿を消した。
「ん? もしかして?」
 優牙が辺りを見回せば、そこにはぐったりとして床に伏せている竜宮の姿があった。
「た、竜宮さん?」
 どうも頭でも打ったらしい。優牙は恐る恐る体を揺すった。
「ん……。」
 小さな呻き声をあげ、少女は薄っすらと目を開く。
「あら、また会ったわね。」
 それが彼女の第一声だった。

「そう、そんな事があったの。」
 アリスからシオンへ。別人格から主人格へと変貌した少女は優牙から今までの経緯を聞いていた。
「ごめんなさい。アリスが酷い事をして。あの女性、意地っ張りで負けず嫌いで強情で人によって態度が全然違うけど、根は悪い人じゃないの。」
「あの、そこまで言われて”根は悪い人じゃない”って言われても、全然フォローになってないと思うけど。」
「いいの。フォローじゃないから。」
 シオンとアリス。肉体を共有する二つの人格はあまり仲が良いとはいえないらしい。アリスも「ぽけぽけシオン」と言っていたし。
「それじゃぁ……。」
 優牙の話を把握したシオンはさっさと立ち去ろうと腰を上げた。
「え、ちょ、説明とかは?」
「……それはアリスが引き受けた(、、、、、、、、、)んでしょう? なら、説明するのは私じゃなくてアリスだわ(、、、、、、、、、、、)。」
「それだと納得出来ないんだけど。」
 確かに、この島は能力者が集る島である事は分かった。だが、優牙が分かったのはそれだけだ。日本地図に載っていなかったり、道路がX2号だったりと分からない事が多い。
「私に説明して欲しいの?」
「あぁ。アリスだとまた話が(こじ)れかねない。出来ればキミにして欲しい。」
「どうしても?」
「どうしても。」
「説明して欲しい?」
「して欲しい。」
 何度も繰り返し聞いておいてシオンは……。
「嫌よ。」
「…………。」
 優牙の不満そうな顔を見たシオンは、再度口を開いた。
「……冗談よ。」
「真顔で言われても、困る。」
 そう言われたシオンはクスッと微笑をこぼす。
「笑うタイミングが違うよ。」
「それは私が決める事だわ。あなたが決めることじゃない。」
「そりゃそうだけど……。」
 優牙はなんとも変わった少女だと思った。最初に会った時もそうだが、どうも独自の感性というか、価値観を持っているのだろう。
「兎に角、私からは一言だけアドバイスをしておくわ。
 面倒が嫌いなら、無関心になる事。そして強くても弱いフリをしておく事。」
「何、それ。」
「この島で(つつ)ましやかに生きるコツ。
 目立ちたいなら、守らなくてもいい。」
「変わった助言をありがとう。」
「どういたしまして。」
 それだけ言うとシオンは立ち去ろうとする。途中、ミィと視線が合ったのか、ミィが毛を逆立てて威嚇(いかく)をした。
「……猫は、嫌い。」
 そう言いながらシオンはそっとミィを横に退かした。
「じゃあ、また会いましょう。優牙くん。」

前へ//to be continued
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