リュージとミィ。チビドラゴンと長靴を履いた猫を引き連れた優牙は隣のアパートの一号室、「根田 宝治(ねた ほうじ)(管理人室)」と書かれているドアの前に立っていた。
「ごめんくださ〜い、どなたかいらっしゃいませんか?」
 ドアをコンコンと叩きながら優牙は呼びかけた。すると、ドアがギギィと音をたてて開き、中から老人が出てきた。
 ツルツルに禿げた頭とは対照的にヘソ辺りまで伸びた立派な白い顎鬚(あごひげ)、曲がった背骨に小柄な体躯(たいく)。片手には杖をつき、古びた和服を着ている。
 だが、何よりも優牙の注意を引いたのは……彼は眠っているようだ、という事だった。
 何故、眠っていると分かるのかというと、その目は固く閉じられ、時折イビキのようなフゴーッとか、グォーとかいう声を出しているからである。
「あ、あのぅ〜。」
 恐る恐る声を掛けてみる優牙。しかし、返事らしい返事は無いようだ。
「そのジジイは根田 宝治。寝ているように見えるが、完全に寝ちゃいねぇ。それがジジイの能力だ。常に睡眠に近い状態になる代わりに目覚めた時に爆発的なパワーを得る、らしいゼ。」
 先程まで優牙の足元でミィと睨み合っていたリュージが説明した。どうやらこういう仕事だけはキチンとしてくれるらしい。
「じゃあ、どうやって会話するんだ?」
「大丈夫、意識はハッキリしてるし、簡単な返事ならイビキで返してくるゼ? なぁ、根田のジジイ。」
 リュージが呼びかけると、根田はゆっくりと首を縦に振った。
「あ、これはどうも失礼しました。
 今度、隣に引っ越してきた夢路優牙と申します。これはお近付きの印に、手打ち蕎麦です。」
 そう言いながら、優牙が麺と出し汁の入ったタッパーを差し出すと、根田は両手でそれを受け取った。
「まだ島に来て間もないので、色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします。」
 優牙が深くお辞儀をすると、根田もゆっくりと頭を下げ、何事か口をモゴモゴと動かしていた。
 多分何か返事をしているのだろう。ひとしきり口をモゴモゴ動かした根田は、すぐにドアをバタンと閉めてしまった。
「……なんて言ってたんだ?」
「さぁな。それは誰にも分からねぇ。」
 ドアの前に突っ立っているわけにも行かないので、優牙は次の部屋に向う事にした。

 アパートの一階には二つの部屋があり、一つは管理人である根田の部屋、もう一つはシオンの部屋。
 このアパートは二階建てであり、後二つの部屋は二階にある。
 木造の階段を(きし)ませながら登り、二階の一つ目の部屋、「荒牧 恋(あらまき れん)」と書かれたドアの前に一行は着いた。
(荒牧恋って、昨日会った動物のチカラを持つ女の子だよなぁ。独り暮らしなのかな?)
 そんな事を考えながら、優牙がドアを叩くと、すぐに件の女の子が現れた。
「あれ、優牙さんじゃない。どうしたの?」
「近所に引っ越してきたから、引越し蕎麦を配ってるんだ。ハイ、恋ちゃんにも引越し蕎麦。」
「うわぁ、ありがとう! 優牙さん!」
 無邪気な笑顔でお礼をいう恋。
「喜んで貰えると、俺も嬉しいよ。
 ところで、キミは独り暮らしなのかい?」
 先程までの無邪気な笑顔から、一転。優牙の質問に一瞬、ほんの少しだけ恋は悲しそうな顔をした。
「うん、そだよ。
 ボクん家ってば貧乏だから、ボクはもう独り立ちしなきゃならないんだ。」
「それは大変だね。」
「でも、優牙さんも一人暮らしでしょ? お互い頑張ろうね。」
 そう言って笑ってはいるものの、やはり独り暮らしで寂しいようである。
「何かあったら、言ってね。出来る限りの事はするから。」
「ありがと。優牙さんも、何かあったら言ってね。ボク、物を探したりするのは得意だから。」
 互いに能力によって外見が変わっている者同士、何か共感出来るものがあるのか、二人は既に意気投合していた。
「ところで、このコは?」
 恋はリュージと争っていたミィを抱きかかえて優牙に尋ねた。
「ミィ。俺の能力から出来た「長靴を履いた猫」だ。可愛いでしょ。」
「こんにちは、ミィちゃん。」
 恋がミィに挨拶をするとミィもニヤーと鳴いて返事をする。
「頭が良くて礼儀正しい猫さんだね。」
「もしかして、動物の言葉が分かるの?」
「うん、まぁ大体。さっきはこのコ、『こちらこそよろしく』って言ってたよ。」
 確かに、創った本人である優牙にも、ある程度ミィが何を訴えたいのかは分かるのだが、完璧な翻訳までは出来なかった。
「ん〜、でもやっぱり、創られてるからか、ちょっと分かり辛いかなぁ。
 いつもならもっとハッキリ分かるんだけどなぁ。」
「でも、凄いよ。本人が分かってないのに、分かるなんて。」
 それを聞いたミィが少し悲しそうな声でミャーと鳴いた。
「あ、今『酷いよ、ご主人』だって。優牙さん、ちゃんと分かってあげないと、ミィちゃんが可哀想だよっ。」
「分かった。ゴメンな、ミィ。」
 そうした会話を一通りやった後、優牙たちは恋と分かれて隣の部屋に向った。
 その部屋のドアには「池田 修一・吉香(いけだ しゅういち・よしか)」と書いてある。
「ここの二人は島じゃ有名な新婚ホヤホヤのバカップルだ。」
新婚さんの部屋(、、、、、、、)が、年頃の女の子の部屋の真上と真横にあるのか?」
「……オメェ、一体ナニ想像してんだ? おれっちには何も聞こえもしないし、見えもしねぇがな。」
「……なら、いいや。」
 そんなお馬鹿な会話をしつつ、ドアを叩くと、二つの顔が揃って現れた。
「はい、どなたでしょう?」
「はぁい、どなたでしょぉ?」
 テンポの良いハキハキした声の男性とノンビリして間延びした声の女性。
 男性のほうはガチガチに固めた黒い七三分けなのに対して、女性のほうはピンクのカチューシャでゆったりとまとめられた黒い長髪。
 女性は大きなたれ目気味の瞳にまぁるいメガネ。豊満で形の良さそうな胸なのに対し、男性はキリリとした目つきに太い眉毛、隆々とした筋肉。
 ピンクのペアルック、という事以外は何もかも対照的な二人組みであった。
「あ、俺は昨日引っ越してきた夢路優牙と申します。これはお近付きの印に、手打ちの蕎麦です。」
 優牙が蕎麦の入ったタッパーを差し出すと、それを女性のほう――つまり、池田 吉香(いけだ よしか)が受け取った。
「あらぁ、どうもぉ〜。ありがとう〜。
 吉香はぁ、池田吉香っていいますぅ」
「俺は池田修一だ。ヨロシクな」
 二人はそれぞれに頭を下げて自己紹介をする。
「それにしてもぉ、美味しそうですねぇ〜。もしかしてぇ、手作りですかぁ〜。」
「えぇまぁ。」
「ほわぁ〜、すごいですねぇ〜。吉香はぁ、お料理苦手だからぁ、尊敬しちゃいますぅ〜。
 いつかぁ、教えてくれますかぁ〜。」
「えぇ、俺はいつでも構いませんよ。」
 優牙と吉香は笑いながらそんな話をしていたのだが、笑顔ではなくしかめっ面をしている人物が居た。男のほう――つまり池田 修一(いけだ しゅういち)はかなり不機嫌そうな顔で、ムンズと優牙の二の腕を掴むと無言で吉香の死角となる廊下の角へと優牙を連れて行く。
「シュウちゃん、どこいくのぉ〜?」
「男だけのお話さ、ヨッちゃん。
 なっ、高校生!」
 そう言って優牙の肩をポンポンと叩く。が、吉香に向けるその顔は笑顔だが、優牙を見る顔は鬼のような形相だ。
 そうして優牙を廊下の角へ連れ込むと、修一は優牙の胸倉を掴み物凄い剣幕で迫ってきた。
「オゥ、高校生っ! もしかしてテメェ、俺のヨッちゃんに手ェだす気じゃぁねぇだろうな!」
「……だしませんよ。」
「あんなに可愛くて綺麗で優しくて素晴らしいパーフェクトな女性であるヨッちゃんに手をださねぇだと!?
 テメェ、男として恥ずかしくないのかっ!?」
「ハァ!?」
 言ってる事が無茶苦茶だった。人として恥ずかしいのは彼、池田修一のほうである。
「ねぇ〜、シュウちゃぁ〜ん。何かぁ、怒鳴り声がぁ、聞こえるみたいだけどぉ、どうしたのぉ〜?」
 修一の恥ずかしい台詞が聞こえていたのか、吉香がその間延びした声で尋ねてくる。
「あ、何でもないよ、ヨッちゃん! 心配しなくてもいいからね!」
 修一は角からひょっこり笑顔だして、手なぞを振って吉香にそう答えた。
「いいか、高校生っ! 俺の(、、)ヨッちゃんに手ェだしたら、ただじゃおかねぇからな!」
「ハ、ハァ……。」
 優牙としては普通のご近所付き合いを期待しているのだが、この男は本気で心配しているらしい。
 無用な心配や面倒事は起こしたくないし、出会ったばかりの女性に大して興味を持てなかったので、修一の問答に生返事で返した。
「はっはっはっはっはっは! よしよし。それならいいんだよ、それなら!」
 優牙の返事に安心したのか、修一は笑いながら優牙の肩をバンバンと叩いた。
「でぇ、シュウちゃん。アンコウ君とぉ、何をお話していたのぉ?」
 部屋の前に戻ってくるなり、吉香はそんな事を尋ねてきた。
(ア、アンコウ君……。)
 恐らくは優牙の触覚の事を言っているのだろう。どうも二人とも夢路優牙という名前を覚えてはいないようで、優牙は少し傷付いた。

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