「どうだ、すげぇ夫婦だっただろ?」
「あぁ、色物夫婦もあそこまでいくとは思わなかった。」
 優牙は次の目的地であるラドクリフ邸の庭を歩いていた。このラドクリフ邸、門から玄関までの距離が結構あるのである。
「まぁおれっちはここの家族が一番の色物だと思うけどな。
 先に言っとくが、おれっちは家にゃあ近付かねぇからな。おっかねぇ、おっかねぇ」
「は? 何でだよ。アルフレッドさんはいい人じゃないか。二人の娘さんも小学生だって聞いたぞ。おっかねぇって、何が怖いんだ?」
「兎に角だ、おれっちはここで一旦離れさせて貰うぜ、あばよ!」
 そう言い残しつつ、リュージは何処へとも無く飛び去ってしまった。
「何だってんだよ、まったく。」
 優牙が愚痴を溢している内に、その宮殿のような邸宅の玄関に辿り着く。
 いや、宮殿というよりは中世のお城みたいな感じの古びた建物である。
 確かに、何か禍々しいというか……何か毒々しい感じがしないわけではない。
 だが、優牙はそんな事など気にせずに、ライオン型のノッカーをコンコンと叩いた。
 しばらくすると、ギギギギギと不気味な音をたてながら、大きなドアが開いて……優牙の目の前には誰も居なかった。
「あれ?」
 目を凝らしてドアを覗いて見るが、暗闇が広がるだけでやはり誰も居ない。ただ毒々しい感じがする生暖かい風がドアの向こうから流れてくるだけである。
「こちらですわ、お客様。」
 ふいに足元から声がしたので、優牙は視線を下げる。
 その瞬間、優牙は全身に鳥肌がたった。
(な、なんだ、この寒気は!? これはまるで……まるでっっっ!)
 ――幽霊みたいだ――。
 冷や汗がダラダラと流れ落ちる寸前、その足元に居るのが二人の小さな女の子だと分かって、優牙はホッとした。ただ、優牙の足元に居るミィは何故か毛を逆立てて威嚇していたが。
(そういえば、アルフレッドさん、双子の娘って言ってたような。)
 確かに二人は双子であるらしい。が、似ているのは顔立ちと体付きくらいである。
 優牙から向って左の女の子は、金髪を後頭部でツインテールにし、鼻の頭辺りまで前髪が伸びている。服装は刺繍(ししゅう)やレースの飾りがたくさんついた薄いピンクの長袖ブラウスに紺色のミニスカート、ピンクと白の縞々のオーバーニーソックスを履いている。彼女は前髪の合間から細いにこやかな目付きのブルーアイズを覗かせ、ニッコリ笑いながら優牙を見上げている。
 もう一方の右側の女の子は、左側の女の子よりもニ、三歩後ろに立っていた。金髪を頭の両脇でツインテールにし、右側の前髪は横に流され、左側の前髪は顔の左半分を覆っている。服装は黒を基調とし、白いフリルや飾りがたくさんついた中世欧州の貴族かお姫様のようなドレス。細く鋭い目つきのブルーアイズで優牙を睨んで……いや、見上げていた。
 見た感じまだ10歳もいっていないだろうが、その肌の色は病的ともいえる程白い。どこか儚さを感じさせる二人はお人形さんのようでもあった。
「お客様はどちらさまでしょう?」
 優牙から向って左の女の子が尋ねてきた。見た目の年齢に似つかわしくないとていも丁寧な言葉使いである。
「あ、あぁ。俺は昨日引っ越してきた夢路優牙。引越し蕎麦を持ってきたんだけど、誰か大人の人は居るかい?」
「まぁ、貴方様が優牙様? お父様からお話はお伺いしておりますわ。」
「ん。……聞いた、デス。」
 二人は交互にそんな事を言った。
「ワタクシはセラフィーナ・K・ラドクリフ、9歳。ラドクリフ家の長女ですわ。」
 向って左の穏やかそうな目つきの少女、セラフィーナが微笑みながら言う。
「……わたし、メルヴィーナ・K・ラドクリフ、……9歳。……次女、デス。」
 対して向って右、ドレス姿の少女メルヴィーナは顔は無表情だが、行動そのものはオドオドしていた。
 二人は交互にスカートの裾を摘まんでちょこんと可愛らしくお辞儀をする。
「あ、これはご丁寧にどうも。」
 優牙もつられてお辞儀をする。
「それで、誰か大人の人は?」
 優牙が尋ねると、二人は一瞬だけ顔を見合わせた後、すぐに優牙のほうへ向き直った。
「……少々」
「お待ちを。」
 二人はそう言うと、ドアを閉めて家の奥の方へ駆け出して行く。
(ちょっと変な雰囲気がするけど、怖がる程の事はないじゃないか。まったくリュージのやつ……。)
 優牙がそんな事を考えていると、ガチャリとドアが開いた。
「あ、すみませ……」
 優牙は言い掛けてそのまま固まった。
 ドアの隙間から覗いていたのは、人間の生首。それも血が滴り、目玉が飛び出て脳みそが……。
「ギイヤァァァァァァーーーーーーーーーーーッ!!!」
 物凄い叫び声をあげて優牙はひっくり返った。
「まぁまぁ、大変ステキなリアクションですわ。怖がり方、叫び声、反応速度。どれをとっても極上ですわ」
「……逸材、デス」
 そんな会話が聞こえたので、恐る恐る顔をあげる優牙。
 生首の下には双子がちょこんと立っていた。
「あ、あぁ〜なんだ、イタズラか……。」
 ホッと胸を撫で下ろす優牙だが、腰が抜けてしまって上手く立てなかった。
「ささ、お手を」
「……ドウゾ。」
 二人は同時に――セラフィーナが小さな左手をメルヴィーナが手袋をした右手を差し伸べる。
「あ、ありがと……」
 二つの小さな手を同時に握り締め、引っ張る優牙。
(あ、あれ? なんかこの手……異常に冷たい?)
 そう思った途端、二人はグイッと手をひっぱり、優牙の顔を覗き込んだ。
「あら、なかなか良いお顔立ちですこと。」
「あ、ありがとう。」
 優牙は顔が良いなどと言われたのは初めてだった。今までは額の触覚のほうに皆注目したからだ。
 が、そんな事を喜んだのも束の間。
「……。そのお顔が恐怖と苦痛に歪むところが見てみたいですわ。」
 などとセラフィーナが微笑みながら言う。
「ん。……セラ、趣味悪い、デス。」
 とはメルヴィーナのツッコミ。だが。
「……良いのは、死に顔(デス・マスク)、デス。」
 メルヴィーナは口元を少しだけ緩ませてそう言った。
(正直、どっちも悪趣味だと思うんだけど。)
 未だにドアから覗いているリアルな生首といい、二人の趣味といい、リュージが怖がる理由が分かる気がした優牙であった。
「お嬢様方、何をしておいでなのです? あら、お客様ではございませんか。」
 突然、双子とは違う女性の声がドアの向こうから聞こえてきた。が、何故か家の中は暗くてよく見えない。
「セラ様、メリー様。またこのような誰とも知らない(かた)をお連れして……。
 悪霊の類でしたら、如何なさるおつもりですか。」
 そんな事を言いながら、女性が生首を横に払うと、生首はすぅっと消え去った。そして女性自身は払ったその手をドアの縁にぶつけて痛がっている。
(え、あの生首って!?)
「それに生身のお客様が怖がっていらっしゃるではないですか!
 ささ、お客様。私がご案内致します故。」
 そう言いながら出てきたのは、紫を基調としたメイド服を着たスレンダーな女性だった。銀色の髪を肩口で切り揃えたオカッパ頭。灰色の瞳の20代前半くらいの女性。腰に細身の剣をさしている事以外は美人ともいえる風体。
 先程の会話から、この家の使用人(メイドさん)である事は間違いなさそうである。
「あ、いえ。お構いなく。引越し蕎麦を持ってきただけなんで。」
 客間と思しき場所に案内しようとするメイドさんに優牙は言った。すると、メイドさんはとても不思議そうな顔をする。
「……ヒッコシ?
 失礼ですが、それはどのようなものなのでしょう?」
 どうやら引越し蕎麦の風習を知らないらしい。
 アルフレッドがイギリス出身だと言っていたのを思い出した優牙は、このメイドさんもそうではないのかと思った。
「日本では引越しして来た人が、引越し先の近所の人に蕎麦を配る風習があるんです。蕎麦のように末永いお付き合い、という意味で。」
 優牙が一通り説明すると、メイドさんはあぁ成る程と頷いた。
「素敵な風習ですこと。流石はわびさびの国ですわ」
「ん。……無駄知識、デス」
 双子もそれぞれの納得している。
「でしたら、私たちも私たち流のおもてなしをせねばなりますまい。
 さ、ご遠慮なさらずにどうぞお上がり下さい。直にアルフレッド様もお帰りになられますので。」
 メイドさんは再度優牙を客間に案内しようとする。
 だが、あくまで遠慮する優牙。そんな彼の左手をセラフィーナが引っ張った。メルヴィーナのほうはその様子を姉の影から見ているだけだ。
「ワタクシたちもおもてなし致しますわ」
 仕方が無いので、優牙は好意に甘える事にした。

 ラドクリフ邸はまるでお化け屋敷のような豪邸だった。壁に掛けられている絵画は地獄を描いたものであったり、悪魔の図であったり。飾ってある彫刻も高価そうなツボの模様も、皆縁起が良さそうなものではなかった。まだ日はあるというのに、カーテンは締め切っており、全体的に薄暗い。
 お化け屋敷が大の苦手である優牙にとってはまさに恐怖そのものである。ミィなどは優牙の肩の上でずっと何かを警戒しているようだし。
 お化け屋敷のような通路を抜けると、大きな扉の部屋に着いた。
「では、こちらでおくつろぎ下さいまし。」
 そう言いながら、メイドさんは鼻を押さえていた。無理も無い。この部屋に着くまでにこのメイドさんは4回は転んだ。それも何も無いことろで、ド派手に。いわゆる天然というものであろうか。物騒なのは、メイドさんが転ぶたびに彼女の服から小さなナイフなどの刃物がポロポロと出てくるところである。一体何に使うものなのだろうか?
 高そうなソファーとシャンデリアに彩られた比較的まともな見た目の部屋に優牙を置いて、メイドさんは双子を連れて部屋から出て行った。
(変わった家だよなぁ……。このツボは高そうだけど。)
 優牙が興味深げに部屋の片隅に置いてあるツボを見ていると、壁の向こう側から奇妙な音が聞こえてきた。何か固いものを鋸で切っているようなあの不快な音である。
 更にはメイドの声で「それはお紅茶ではなくて生き血です!」とか「それは毒薬です」などと聞こえてくる。仕舞いには「あのような痩せた方をお食べになるおつもりですか! 骨と皮ばかりでスープのだしにしかなりません。それよりも、私をお召し上がり下さいまし!」という狂っているとしか思えない台詞が飛び交う。
(い、一体何があってるんだ!?)
 優牙は思わず壁に耳を当てて向こう側から聞こえてくる声に聞き入った。
 しかし、声や音は次第に小さくなるばかり。より注意力を増しながら聞いていると……突然、「わっ!」と大声が響いて優牙はまたもやひっくり返った。
 ……ドアのほうを向けば、セラフィーナとメルヴィーナがドアの隙間から顔を出している。
「あらあら、盗み聞きとは良い趣味とはいえませんわね。」
 そう言ってニヤニヤしているセラフィーナは両手で大きなカセットテープレコーダーを持っていた。
「……趣味悪い、デス」
 メルヴィーナは呆れた、と言わんばかりの表情だ。
(こ、この二人に言われたかねぇっ……!)
 優牙は密かにそう思うのだった。

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