「えぇと、次は野乃島さんと平さんか」
 大江戸寿司屋の右隣の平屋は、あまりに普通の家だが、表札には「平 太郎」と「野乃島 鳳香」と書いてある。
 ドアの横のインターオンを押してみるが、まったく反応が無い。
「ごめんくださ〜い!」
 そう言いながらドアを叩いてみるも、やはりまったく返事が無い。
「留守かな?」
「そーみてぇだな」
「一応、聞いておくけど、どんな人何だ? この二人」
 優牙の質問にリュージはしばしの間考えていたようだが……。
「実際に会う方が早いぜ」
 と話をはぐらかした。
「仕方が無い、書置きを残しておくか」
 優牙はズボンのポケットからメモ用紙とペンを取り出すと、その旨をさらさらと書き連ね、蕎麦が入ったタッパーを二つ重ねたその間に、そのメモ用紙を挟んでおいた。そしてそれを小さなポストの上にそっと置く。
「後で渡そうとは思わねぇのか?」
「いつ帰ってくるか分からないし、もう一度作り直すのも面倒だし。
 今日の日付も書いておいたから、食べたら腐ってたって事にはならないと思うよ」
 実際は、優牙は色々と不安だったのだが、もう日も暮れようとしていたので、少し急いで次の家に向かった。
 優牙の自宅の正面から見て左前にある小さな家の表札には「山田」とだけ書かれている。
「くっくっくっくっく、遂にこの家か」
 正面玄関前に立つ優牙を見て、リュージが意味深な笑い声をあげる。
「何が可笑しいんだ?」
「いや、何。ここに住んでる男は傑作だゼェ!」
 と言ってリュージは手足をバタつかせながら大笑い。
 優牙はそんなチビドラゴンには構わずに、インターホンを押す。
「開いてるYO!」
 リズムの良いその野太い声はドアの向こう側から聞こえてきた。
「失礼します」
 優牙がドアを開けるとそこには……。
 頭部は大きなアフロヘアー。
 黒い光沢のある皮製の、体にピッタリと張り付いた怪しい服装。しかも肩が露出し、それに伴って腋毛(わきげ)も露出している。更に太股の付け根ギリギリの位置の短さのズボン。
 目はサングラスで隠し、口の周りには短い髭。
 その男は腰を前後に激しく振動させ、手足をバタつかせるという奇行をおこなっている。いや、もしかしたら……踊っているのか?
「HEY! HEY! HEY!!」
 更に更にワケの分からない叫び声をあげているようだった。
「…………。」
 優牙は思わず、何も見なかった事にしてそっと扉を閉める。
「……え〜と、今日はもう帰るかな……」
 そしてそのまま回り右して帰路についた。
「オイオイ、ちょっと待ってやれよ。
 今の変態アフロ野郎がエース山田っていう男だぜ」
「えぇす? 何人なんだ?」
「自称”あめりかんひっぷほっぱー”で、一度もアメリカには行った事も無い生粋の日本人らしいぜ」
(つまり、「イタイひと」なんだな……)
 そんな会話を優牙とリュージがしていると、バンッと勢いよく扉が開かれた。
「Oh! 無視するなんて酷いじゃないか、Boy!」
 エース山田と呼ばれた男は、何故か涙を流しながら両手を大きく広げて優牙に迫る。
「ひぃっ!」
 その異様な迫力と威圧感に気圧されて、優牙は数歩後退り。
「Boy! 恐れるな! 目で見るのではない! HeartでFeelするのだ!」
「……ハァ?」
「Feelするのだ、Heartで! Soulで! そしてDancing togetherするのだ!」
 そして彼は奇妙な踊りを踊り始めた。腰と頭を激しく振り回す非常に恥ずかしい踊りだ。
 その踊りを見ていた優牙の体に変化が訪れる。
 何故か、体が勝手に動き始めたのだ!
(うおぉぉぉぉっ、俺はこんな踊り、踊りたくねぇーーっ!)
 優牙の意思とは裏腹に、優牙の体は勝手に男の踊りの動きを真似し始めた。
「HEY! HEY! HEY! HEY!!」
 激しいリズムにのって踊りを踊る男と優牙。
 それを見ているリュージは転げ回りながら大笑いしている。
「リュージ! どうにかしてくれ!」
 どうも、こうなる事を知っていたようなリュージに一応助けを求めてみる優牙。が、リュージは無視しているようだ。
「ミィ!」
 仕方なく、優牙がその名を叫ぶと、長靴を履いた猫は華麗な跳躍を披露。男の顔面に両前足の爪の一閃をお見舞いする。
「Oh,fack!」
 引っ掻かれた男は堪らず顔を両手で押さえる。すると、優牙の体の自由も戻ってきた。
「何だ、このCatは!?」
 アフロヘアーの男は喚きながらミィの首をむんずと掴み、睨み付ける。
「……俺の飼い猫です」
 今にもミィを放り投げそうな男から猫を取り返し、優牙は男と対峙する。
「Oh,Boy! 一体このエース山田に何のようだ〜い?」
 優牙の顔を見た男は表情を一変させて口元をにんまりさせた。
「このAmerican Hiphoperに弟子入りしたいのかい? Yeah! それならAlways大歓迎だぜぇい!」
「いえ、そうじゃなくて……昨日引っ越して来たんで、引越し蕎麦を……」
「It's wonderful! このエース山田とFriendlyな関係になりたいというんだな!
 O.K.! 喜んでFriendになるぜ!」
 そう言って男はガバッと優牙に抱き付いてきた。
「ヒィッ!」
 恐怖に駆られた優牙は、思わず男の股間を蹴り上げてしまう。
「Ouch! shit! ただのHugじゃないか、Boy!」
「す、スミマセン! 海外旅行なんて行った事ないから、アメリカの文化が分からなくて……」
「Oh,Noooo! Americaは世界の中心! 知っていて損はNothing!」
「ハ、ハァ……。」
 どうも優牙の一言が気に障ったのか、少し怒っているようだ。ただあまり愛国心旺盛な方には聞かせたくない台詞ではあるが。というか、リュージの言葉「一度もアメリカに行った事すら無い生粋の日本人」が本当ならば、この男のアメリカ崇拝は一体何処から来るものなのだろうか? 優牙はそんな事を考えた。
 しかし、優牙のそんな考えなどお構いなしに男は顔をにんまりさせている。 「O.K.,それならHugだ!」
 そう言って男は再度、優牙に抱きつく。今までの会話から振り払うワケにも行かず、出来るだけ自然に離れるようにしながら時が経つのをひたすら待った。
 しばらくしてようやく優牙は男の腕から開放され、思わず安堵(あんど)の溜息をつく。が、男はそれに気づいてはいないようだ。
「Oh,自己紹介が遅れたな! 俺はAce山田!」
「夢路優牙、高校二年生です」
「Boy,なんなら少しお茶でも飲んでいくか〜い?」
「いえ! 結構です!」
 エース山田の誘いに優牙は即答した。「家に入ったら最後、何をされるか分かったもんじゃない」と、優牙はそう考えていた。
 エースのほうは「Very残念だぜぃ」と、とても残念がっているようだったが。
「そ、それじゃ、まだ用事がありますので」
 一応の用事が済んだ優牙はとっとと立ち去るべく、そう言ってその場を離れようとする。
「ちょっとwaitしてくれ。ほんのlittleでいいから」
 去ろうとする優牙を引き止めたエースは一旦家の中へ入って行った。
(一体何だろう?)
 エースは、去ってから数分もしないうちに戻ってきた。その手には何やら布のようなものを大事そうに持っている。
「お礼にこいつをPresentするぜぃ!」
 そう言って優牙に渡したのは、アメリカの国旗・星条旗の柄をした一枚の布だった。
「それは俺がFriendとして認めた者にのみ渡している、その名も”Friendlyバンダナ”だ!
 大切に使ってくれぃ」
 バンダナなんて、正直優牙は着用しないので、全然嬉しくないプレゼントなのだが、一応満面の笑みで受け取った。

「あ〜、疲れた。」
 自宅に帰り着いた優牙は、ゴロンと畳の上に寝転がる。日は既に落ち、空は闇が支配し始めていた。
 最後の一軒・エース山田とかいうアフロヘアーのおっさんとラドクリフ家の双子&侍女・リリスの騒動、アパートのバカップル(特に男のほう)が肉体的精神的な疲れの主な原因だ。
 改めて考えてみると異様な一団に完全包囲されているような気がする優牙。
「お帰りなさい、優牙くん。」
 ふいに窓のほうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 ……恐らくは包囲網の中で最もクセのある人物の大人しいほう(、、、、、、)だろう。
「あ、ただいま。」
 優牙が窓を開けて返事を返すと、案の定そこにはシオンが居た。
「リュージの件は御免ね。ふとした拍子にアリスが出てきちゃって。迷惑だったでしょう?」
 恐らく事の顛末(てんまつ)をリュージから聞いたのだろう。別に彼女のせいではないのだが、律儀にも頭を下げるシオン。
「あ、いやいや、いいよ謝らなくても。リュージはちゃんと役に立ったから。」
「……そう? なら、良かったわ。」
 特に何をするでもなく、二人の間に沈黙が訪れる。
 先に沈黙を破ったのはシオンのほうだった。
「丼、返すわね。」
 夕飯として食べたのだろう。既に空っぽの丼をシオンは優牙に渡そうと、手を伸ばした。
「味はどうだった? お口に合ったかな?」
「食べたのはアリスだから、私には分からないわ。でも、不味かったら残すんじゃないかしら。」
 そう言いながら渡された丼は、洗ってあるからかもしれないが、キレイに空っぽだった。
 が、優牙は手を滑らせて丼を落としてしまう。
「あ……。」
 シオンは少し驚いた。
 丼が落ちた事に対してでは無い。
 丼を優牙が、その額の触覚でキャッチした事に対して、だ。
 いや、厳密にいうと触覚の先から伸びた白い糸のようなものが、丼にくっついて地面に衝突するのを防いでいる。
「よっと。」
 優牙が掛け声と共に顔を上げると、それに連動して触覚も動き、その先から伸びている糸のようなものもシュルシュルと縮んでいく。その様子はまるで魚釣りのようであった。
「……ねぇ、あなたの能力ってどういうものなの?」
「というと?」
「猫とその触覚。接点がまるで無いみたい。」
 どういう能力かと聞かれても、優牙は能力に関する知識がほとんどない。確かに、彼は普通の人間とは違うチカラをいくつか持っているが。
 不思議そうな顔をする優牙に、シオンはふぅと溜息をついた後、説明をしてくれた。
「あのね、能力は一人の人間につき一つのコンセプトだけなの。
 私のコンセプトは”ドラゴン”だから、いくら頑張ってもドラゴン以外のものを能力で生み出す事は出来ないわ。
 そして、”ドラゴン”であればある程度「どういうドラゴンを創造するか」を決められるの。私だけがリュージを扱えたり、アリスだけがリュータロウを扱えるように、ね。
 でも、あなたの場合はコンセプトが分からない。猫を創造しているかと思えば触覚で釣りをしたり……。」
「……他にも違うチカラを持ってるけど。」
 そう言って優牙は部屋の中からフライパンを取り出して、フンッと力を込めた。が、勿論フライパンがひん曲がる事などある筈も無い。
 次に優牙は右手の平に灰色の火の玉のようなものを灯し、それを両手に引火させた(、、、、、)
 しかし火傷などを負う事も無く、灰色の炎は腕に吸い込まれるように消滅する。
 そして再度フライパンを掴み……ググッとあっさりひん曲げてしまった!
「……凄いわね。」
「俺はこれを”火事場の超力(ハイ・パワー)”って呼んでる。さっきの灰色の炎を灯した生物の感覚、筋力なんかを全て倍加させる効果があるんだ。」
 言いながら、優牙はフライパンを力尽くで元に戻す。
「まぁ、これを使うと筋肉痛になったりするから、あんまり使わないけど。
 因みに、俺は自然治癒力と病気に対する抵抗力が他人よりかなり強いみたいだ。……それも一つの能力かな?」
「……ホントに統一性が無いのね。まるで混沌だわ。混沌がコンセプトみたい。」
「そうだな、もしかしたらそうかもしれない。」
 シオンの言葉に、優牙は妙に納得する。
「それじゃ、また明日。学校でね。」
 そう言ってシオンは手を振る。
「あ、そういえば明日から学校か! じゃあ、また明日。」
 一人暮らしとはいえ、優牙は現役の高校生である。昨日・今日は祝日と日曜日だったから学校は休みだったが、明日は平日だ。学校へ行く必要がある。
 しかし、優牙は気付いていなかった。……ご近所だけでこれだけ変人が居る島。島全体の学生が集まる学校には、更なる変人が若さゆえの暴走をしている事を優牙はまだ知らない。

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