朝日が青年の顔を照らす。
 普通の学生なら、この朝日で目を覚ますのであろうが、夢路優牙は既に目覚め、朝食も済ませていた。
 彼は現在一人暮らし。しかも趣味が料理ときている。
 朝日が彼の顔を照らす頃、彼は台所で昼食の仕込みに精を出していた。

>第三章 学校へ行こう!<

 教科書類を鞄に詰め込み、靴を履いて家を後にする。今日は会議か何かで授業は午前中で終わるらしいので、弁当は持って行かない。制服は前の学校のものを着るしか無かったが、同じ学ランタイプらしいので問題はないだろう。留守番は小さな長靴を履いた猫・ミィに任せていた。
「行って来ます。」
 いってらっしゃい等という言葉を喋る者が誰も居ない家に向かって頭を下げる優牙。染み付いた習慣というよりは、この挨拶がないと優牙の気が済まなかった。そんな優牙の気を知ってか知らずか、ミィがニヤーと鳴く。
「さて、と。」
 家を出た優牙は学校までの地図を広げる。
 学校が始まるまで結構な時間があるが、早めに来るように予め言われていたので、道に迷う可能性も考えてかなり早めに出発する事にしたのだ。
「あ、おはようっ! 優牙さん!」
 ふいに後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。隣のアパートに住んでいる獣の力を持つ中学生、荒牧恋だ。
 彼女も学校に行くのであろうが、頭には麦わら帽子を被っている。色がもう少し黄色なら小学校低学年がしているような黄色い帽子のようだ。中学の制服と思われるその服装は白と赤の可愛らしいセーラー服タイプ。短めのスカートだが、その端からはスッパツと思われるものが見え隠れしている。そしてその両手には大きな黒い学生鞄が握られていた。
「おはよう、恋ちゃん。随分早いね。」
「うん。セラちゃん、メリーちゃんと一緒に行くんだけど、二人は紫外線アレルギーらしいから。あんまり日が昇らないうちに、ね。
 優牙さんも随分早いみたいだけど?」
「あぁ、早く来るように言われてるから。それに道が分からないし。」
 迷子になるかもしれない、という優牙に対し、恋はそれなら一緒に行こうと言い出した。
「え、でも恋ちゃんは中学生でしょ? 俺は高校生なんだけど。」
 中学と高校では学校の場所が違う筈だと優牙は思った。
「この島の学校は小・中・高一貫なんだ。子供が少ないからね。だから学校も同じなんだよ。」
 言われてみれば、そうかもしれない。過疎が進んでいるような人口の少ない場所では上級生と下級生が同じクラスで授業を受ける事はよくある事だ。
「じゃあ、お願いしようかな。」
「うん! それじゃ、まずラドクリフさん家に行かなきゃ。」
 恋を先頭に二人はまずラドクリフ邸に向かう。
「いつもお出迎えありがとうございます、荒牧様。今日は夢路様もご一緒ですか。」
 最初にドアから現れたのはあのメイドさん・リリスだ。
「では、今しばらくお待ち下さいまし。直ぐにお嬢様方をお連れします故。」
 しばらくすると双子と共にアルフレッドも現れる。
 アルフレッドはいつもの黒いスーツ姿、双子は小学校の制服と思われる、灰色のセーターに白いシャツ、黒のミニスカート。背中には赤いランドセルだ。対照的なのはメルヴィーナは黒いタイツを履き、セラフィーナは白いオーバーニーソックスを履いているところか。
「お早う。荒牧クン、夢路クン。」
「お早うございますわ。」
「……オハヨウ、デス。」
 三人はそれぞれに朝の挨拶をする。
「いつもすまないね、荒牧クン。」
「ううん、二人とは友達だしね。」
 そう言って笑いあう恋とセラフィーナ。メルヴィーナだけは唇の端を僅かに緩ませているだけだ。
「それでは行って参りますわ。」
「……行って、来る、デス。」
 二人は挨拶とばかりにアルフレッドの頬にキスをする。その様子を見つめるリリスの眼差しは、羨望の眼差しである事に優牙は気付いたが、あまり気にしない事にしておく。
 こうして四人は学校へ出発するが、何やら目立っていた。
 確かに恋はフサフサの毛が生えた獣の耳を時折ピクピクさせ、お尻から生えたフサフサの尻尾を左右に揺らしている。そんな彼女が主立ってする話は「今日はスーパー・マルヨシが安売りの日」だとか「明日は牛肉が安い」とか、年頃の女子中学生とは思えぬ生活臭漂う話題ばかり。それを興味深そうに聞く双子は綺麗な金髪に曇りの無いブルー・アイズ、白く透き通った肌をしたお人形のようなイギリス人。
 この組み合わせは島以外で見掛ける事はまずないだろう。
 いや、恋と双子なら今までも一緒に登校しているのだから、別に目立つ理由にはなるまい。
 問題は四人目、夢路優牙だ。
 近所の女の子を学校まで送る優しいお兄さん――そう周囲に見えていれば問題はないかもしれない。
 だが、時世に習えば……小さな女の子を三人連れた見知らぬ学生、触覚付き――さて、周囲にこう見られているとどうなるだろうか。
 ここで道端で話し込んでいる三人組の中年女性の会話を聞いてみよう。
「まぁラドクリフさんトコの双子ちゃんよぉ。」
「恋ちゃんも一緒よ。……あの男の子は誰かしら?」
「見掛けない顔だわ。」
「不審者じゃいの? ほら、最近多いじゃない?」
 オバサンたちの会話は優牙にまる聞こえだ。だが、オバサンたちはそんな事お構いなしに喋っている。
(噂話なら、聞こえないようにしろよ、オバハン。)
「誰がオバハンだって!?」
 優牙がそう思った瞬間、オバハン……失敬、三人組の一人の女性が怒鳴りつけてきた。
「え? え?」
「アンタ、今、オバハンって思ったでしょ!?」
「!?!?」
 優牙が混乱していると、グイッと誰かが彼の服を引っ張った。
「あの人は、自分に向けられた”思い”を読み取っちゃうんだよ。」
 服を引っ張り、優牙に助言をしたのは恋だった。
「うっ、それはまた厄介な能力……」
「誰が厄介だって!?」
 フンフンと鼻息も荒く、女性たちは三人一緒になって優牙に迫ってくる。
「こちらですわ。」
 そう言って優牙の服の裾を掴むセラフィーナ。
「うふふふふ♪」
 謎の微笑みと共にセラフィーナが優牙を電柱の影に引き込むと、優牙の視界が暗闇に包まれる。
 次に優牙の視界が開けると、そこは完全に別の場所のようだった。何処かの路地裏のようであり、左右は高い壁に囲まれ暗い。
「あら? 優牙様、ワタクシをこのような場所にお連れして、如何なさるおつもりですか?」
 セラフィーナが悪戯っぽく笑いながらそんな事を言う。
「そうだな。オニィサン、いけない事しちゃおうかなぁ……って、キミが連れてきたんじゃないか!」
 確かに男女が連れ立ってこのような場所に入り込んだとなれば、何らかの疑いを持たれても仕方ない。
 しかし、彼らは入り込んだのではなく突如現れたのであり、しかも高校生と小学生の二人組みである。
「ごめんあそばせ。闇から闇へしかこのように移動出来ませんので。」
「これが、キミの能力?」
「フフフ、それはどうでしょう?」
 優牙の質問をセラフィーナははぐらかした。
「……セラ、見つけた、デス。」
 今度は地面の方からメルヴィーナの声が聞こえてきた。
 優牙が声の方角に向くと、メルヴィーナと恋が地面に現れた棺のような形の穴らしき場所から半身を覗かせていた。
「そ、それがメルヴィーナちゃんの能力?」
 優牙が驚いて、穴のような場所から今まさに出ようとしている二人に尋ねる。
「………………。」
 が、何か言いたそうな瞳を優牙に向けたまま、メルヴィーナは黙り込んでしまった。
「フフフ、メリーの能力の本領はこの程度ではございませんのよ。
 ね? メリー?」
「……ん。」
 優牙の質問に答えようとしないメルヴィーナに代わり、セラフィーナがこれまたはぐらかす。
「あ〜、でもボクたち急に消えちゃったから、おばさん達余計に驚いてるかも。」
「あら、それは不覚でしたわ。では慎重にこの場を離れませんと。」
 そう言って女の子三人組は音を立てないように路地裏から顔を出し、辺りの様子を伺っているようだ。
 ワケが分からず、優牙も三人組の後に続いて顔を覗かせると……先程の電柱とオバサン三人組がスグそこに居るではないか。
「あんまり、離れた場所じゃなかったんだね。」
「えぇ。大体5m程しか移動は出来ませんので。」
 セラフィーナの瞬間移動を最初に見た時、わざわざ歩いて学校に行かずに瞬間移動で学校に行けばいいと思った優牙だが、これでそうしない理由が分かった。
 5m単位で闇から闇という条件付きなら、普通に歩いたほうが早いからだ。それに、彼女のこの移動方法は単純に5m歩くだけよりも遥かに体力を消耗するので割に合わないのである。恐らく、メルヴィーナの”穴”も何か条件があるのだろう。
 オバサンたちはしばらく辺りをキョロキョロと見回しているようだったが、諦めたのか、数分としないうちに何処かへ行ってしまった。
「じゃ、今のうちに。」
 こうして四人は、オバサンたちから逃れたのである。

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