「ここが、夢源学園か……。」
 正門を前にして優牙がポツリと呟く。
「生徒数約400人、島の外から来られる方も多くいらっしゃいますわ。」
「……因みに、公立、デス。」
 優牙の呟きを受けてか、双子が説明をしてくれる。
 目の前にはコンクリート製の三階建ての建物。一見すると何処が小学校で何処が中学校で何処が高校なのか分からない。
「高校の職員室は何処か分かる?」
 優牙が三人に尋ねると、三人は揃って同じ方向を指差した。そこは建物の左端である。
「右手のグラウンドに近いほうから、初等部、中等部、高等部だよ。だから高校の職員室は左端のほうなんだ。」
 三人の説明によると、この建物は”E”の字の形をしているらしい。優牙が見ているのは”E”の字だと縦棒に位置する部分で、横棒部分がそれぞれ高等部・中等部・初等部、つまり高校・中学・小学校となっているらしい。
 大体の場所を三人から聞いた優牙は、三人と別れて高等部校舎へと向かった。

 高等部校舎内にはまだあまり人が居ないようだった。まだ朝早いからだろう。睡眠の時間を削って早く登校しようという輩は少ないらしい。
 優牙は職員室を探して歩を進め……ようとしたが、突然の尿意に襲われ、職員室では無くトイレを探し始めた。
(あ、アレかな? ……でも、職員用って書いてあるな。……ま、誰も居ないみたいだしいいかな。)
 漏れる寸前、というワケではないが、別のトイレを探しているうちに迷子になって結局間に合わない、という事態にもなりかねない。
 辺りを確認した優牙は少し後ろめたい気分になりながらも、トイレに入って用を足した。
 数分後、トイレから出てきた優牙に、「それ」は突然ぶつかって来た。
「うわっ!」
「わぁっ!」
 可愛らしい悲鳴をあげて「それ」は尻餅をつき、同時に優牙も倒れこんだ。
(く、コレはあれか!? 漫画やアニメでよくある、転校初日に美少女とぶつかるという、あのお約束か!?)
 少しだけ期待に胸を膨らませながら優牙は顔をあげて、ぶつかってきた「それ」を見た。
 ――「それ」は小さな女の子だった。
 身長は140cm……いや、それ以下だろうか? とても高校生には見えず小学生くらいだ。その小さな女の子は薄い茶色のスーツに茶色のタイツ、黒い革靴を履いている。髪の毛は栗色。肩口で切り揃えられてはいるが、毛先は外側にはねている。
 顔立ちは整っており、可愛いと言えなくも無い。
(何だ? 最近の小学生はスーツを着て学校に来るのか? つーか、ここは高校の校舎だし、迷子かな?)
 優牙のそんな考察も知らず、女の子はその可愛らしい声で「あー、クッソ! 痛ってぇなぁ!」とのたまった。
(ず、随分と荒っぽい子だな……。)
 女の子は顔をあげて優牙を見ると、ニッと微笑んだ。
「おい、大丈夫か?」
 可愛い声に似合わない男勝りな口調で女の子は立ち上がりながら、尋ねてくる。
「ま、まぁ何とか。」
 優牙も立ち上がりながら返事を返した。
「すまねぇな、急いでたもんで。でも、お前も教員用トイレなんてそうそう勝手に使うなよ。」
「ハァ……。
 ところで、キミは迷子か何か?」
 まるで男性教師のような言い方をする女の子に対し、優牙は迷子かどうか尋ねてみる事にした。
「……。お前、何言ってるんだ?」
「え、だって、キミは小学せ……」
 優牙が言い終わる前にそれは起こった。
「アタシは小学生じゃねえっ!」
 女の子が放った右ストレートから、突如としてミサイルのようなものが放たれたのだ!
「ぐふぅっ!」
 ミサイルのような形をしたそれは優牙の腹に直撃。小規模の爆発を起こす。
「ぐはぁっ!」
 爆発の衝撃で廊下に倒れ込む優牙の胸倉を、件の女の子が掴んで持ち上げ……る事が出来ず、胸倉を掴んだ彼女はグイッと自分の顔を優牙に近付けた。
「いいか!? 今度アタシに”小学生”とか”チビ”とか”ツルペタ”とか言いやがったら、今の倍の威力をその(ケツ)の穴にぶち込んでやっからな!」
「ハ、ハァ……。」
「返事はもっと威勢良く、”ハイッ”だっ! ほら、もう一回!」
「ハ、ハイィィィッ!」
 小さな女の子とは思えない、物凄い威勢の良さだ。実は女の子じゃなくて男か? と優牙は思った。
「それからもう一つ。
 お前、転校生の夢路優牙か?」
「ハイッ!」
 優牙の返事を聞くと、女の子は胸倉を離し、優牙を立ち上がらせる。
「アタシは担任の野乃島 鳳香(ののしま ほうか)。引越し蕎麦、美味しかったぜ。」
 少女のように微笑みながら、女性・野乃島鳳香は右手を差し出した。
(え? タンニン? 杏仁豆腐の仲間か? いや、違うな。担任の先生って事か? この子供が? つか、引越し蕎麦……そういえば昨日、留守だった家は「野乃島鳳香」って書いてあったような?)
 優牙は数十秒の間、呆然としていた。それを見兼ねた鳳香は、微笑みの表情を一遍させる。
「返事はっ!?」
「ハ、ハイィィィッ!」
 まったくもって状況が理解出来ない優牙であったが、鳳香に連れられて職員室へ向かった。
(こ、これは悪い冗談か?)
 担任の先生だと言い張る見た目小学生の鳳香は、職員室でも本物の先生のように振る舞い、他の先生と思われる大人たちとタメ口で話していた。
「お前ら、朝のHR(ホーム・ルーム)始めるぞー。」
 他の生徒を前に先生のように振舞う鳳香を見て、優牙の中でやっと事実として確信した。
 小さな女の子・野乃島鳳香は、高校の数学教師であり優牙の担任・野乃島先生なのだ、と。
「で、今日はだな、転校生を紹介してやる。」
 鳳香の一言で教室中がざわめき立つ。
「姉御ちゃん、それってもしかして女でっか? 美人でっか?」
「いや、男だ。つーか、城井。学校に居る時は先生を付けるか、様を付けるかにしろっつーの。」
「じゃぁ、かっこいいですか?」
 と聞いたのは女子だった。
「かっこいいかどうか、なんて価値観次第だろーが。
 アタシはAK-47はかっこいいと思うけど、お前はかっこいいと思うか?」
「AK-47が分かりませーん。」
「知らないなら、いい。
 兎に角、お前らいいか? 見た目なんて重要じゃねーんだよ。男も女も中身で勝負するんだ。」
(見た目なんて重要じゃない、中身で勝負……か。)
 ドアの向こう側で鳳香の演説を聞いていた優牙は、ちょっと乱暴だけどいい先生じゃないか、と思った。如何に教師といえど、そんな事、堂々と言えるのは稀だ。
 因みに、AK-47というのは第二次世界大戦後にソ連で作られた、突撃銃(アサルト・ライフル)の事だ。製作者のミハイル・ティモフェビッチ・カラシニコフの名をとって"Kalashnikov"と呼ばれる事もある。汚れに強く「普通に使えば100年間は動いてくれる」とも言われている程の強靱な耐久性、弾薬調達の容易性が利点である。世界中の紛争で使用されているので、知名度は高いほうだ。
「おーい、夢路。入って来ていいぞ。」
 先生からお声が掛かったので、ドアを開けて教室に入る優牙。途端に教室中から「おぉ〜」という何とも判断の付きにくい声があがる。額から生えた触角に注目が集まるのは、仕方の無いところか。
「どうも、夢路優牙です。」
 挨拶をすると同時に教室中を見回す優牙。高校の制服は女子は白と青のセーラー服タイプ、男子は黒い学ランタイプだ。
(あ、竜宮さん発見。)
 基本的にこの学校は一学年・一クラス。だから、同じ学年であれば必然的に同じクラスとなるのだ。
 優牙と目が合った竜宮――多分、シオンのほうだろう――は、小さく手を振る。
(ん? あれは……。)
 教室にはもう一人、見覚えのある顔があった。
 二日前の引越し初日。荒牧恋に対しセクハラ行為を働き、優牙によって後頭部を蹴られた後、警官に追われて逃げていった、『自身の体をバラバラにしていた男』だ。
「ハイハ〜イ、転校生君に質問! 趣味は何ですか?」
 教室を見回していた優牙に女子生徒が挙手をして質問した。
「えーと、料理かな。」
「おぅ。こいつ、メチャクチャ上手いぞ。引っ越してきたのが近所なんで、蕎麦を貰ったんだが、プロ顔負けだったな。」
 先生の言葉を受けて、教室中から「おぉ〜!」という歓声のようなものが挙がる。
「先生、甘いもの以外のものも食べれたんですか?」
(驚いたのはそっちかい!)
「オイオイ、いくらアタシが甘党だからって、甘いものしか食ってないとでも思ったか?」
「オニギリに砂糖かけてたじゃないですか。」
 砂糖をまぶしたオニギリを想像した優牙は思わず「げぇっ」と口を押さえた。
「だって、しょっぱいじゃねぇか。」
(塩、かけなきゃいいじゃん!)
「……先生、お米は噛めば噛む程甘味がでる食べ物なんで、砂糖なんてかけなくても十分です。」
「そ、そうなのか? 流石は料理人だな。」
 料理人・優牙のアドバイスに思わず赤面する鳳香。こういう仕草だけは女の子らしくて可愛らしかった。
「そんなに甘いものばっかり食べてるから、太らないんですよ、縦に(、、)。」
 一人の男子生徒がそう言った瞬間、一瞬にして教室の空気が変わった。
「あ……っ!」
 どうやらその男子生徒も気付いたらしい。このクラスで絶対に言ってはいけない事を言ってしまった事に。
「た……体型の事は言うなっつてんだろォがッ! ゴルァァッ!」
 鳳香は男子生徒に右手の平を向けると、そこからミサイル(のようなもの)を放った。
 ミサイルは凄いスピードで男子生徒まで飛来するとその机に着弾、爆発する。哀れ男子生徒は爆風に飲まれて倒れてしまった。……一番哀れなのは、巻き添えを喰らった男子生徒の周囲の生徒だが。
「夢路。さっきも言ったと思うケド、アタシの体型をバカにしたら、アタシの能力『ミサイル・ポッド』のミサイルでああなるからな。」
 のびている男子生徒を顎で指し示し、念を押してくる鳳香。
「肝に銘じておきます。」
 ハハハと優牙は思わず苦笑しながらそう答えた。
「おっと、バカやってる時間はあんまり無さそうだな。
 それじゃ、夢路の席は竜宮の隣。」
 先生のその発言を聞いた途端、教室中から、特に男子生徒諸兄から一斉に「えーーっ!?」という不満の声があがった。
「何か文句あんの!?」
 先生の一喝により、瞬時に教室は静まり返るが、男子生徒の大半は不満そうな顔をしている。
 その男子が不満そうにしている席は、廊下側から二列目の最後尾。廊下側から三列目、つまり左隣には竜宮が、右隣は空席だ。
(皆、竜宮さん狙いなのか?)
 確かに竜宮は美少女といっても過言ではない部類ではある。その隣の席になる、というのは幸運な事なのかもしれない。
 だが、シオンは兎も角としてアリスの凶暴性を目の当たりにしている優牙はあまり喜べなかった。
「学校でも、よろしく。優牙くん。」
 優牙が席に移動してくると、微笑みながら改めて挨拶をするシオン。そんな彼女を見た優牙は「まぁこんなのも悪くはないかな」とは思ったが。

「ワイの名は、城井 星夜(しろい せいや)や!」
 バンと机を叩き、男は優牙を睨み付ける。時は優牙の自己紹介の直後の休み時間。
 転校生、という事で興味を持ったほかの生徒が優牙の席に集まる中、注目されたのは優牙ではなく星夜と名乗る男だった。
「俺に何か用?」
「あんさん、放課後付き合ってんか? 付き合うゆーてもデートやないでぇ。」
 男はあの、『自身の体をバラバラにしていた男』である。竹箒みたいな前髪をした星夜と名乗る男は、放課後屋上に来るよう言ってきた。
「……何があるんだ?」
「来れば分かるで。」
「行かなかったら?」
「そん時は、これは帰さへん。」
 そう言うと、星夜は机の上にあった優牙の金属製の筆箱を掴み、音も無しにへし折った(、、、、、、、、、、)
「あっ! 何するんだ!」
 咄嗟の出来事に何も出来なかった優牙は、慌てて真っ二つになった筆箱をひったくる。
 しかし、何か妙だった。筆箱を真っ二つにしたのだから、その断面からは中に入っているシャーペンや消しゴムが見える筈だ。だが実際には何も見えず、ただ暗闇が広がるだけだった。
「安心せぇ。使えるでぇ、ホレ。」
 そう言って、星夜が片方の蓋を開くと離れた場所にあるもう片方の蓋も開く。
 それは優牙がやっても同じだった。
「この状態を元に戻せるのはワイだけや。元に戻して欲しかったら、放課後屋上に来るんやで。」  

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