鉄の輪で両腕をガッチリと体に固定され、まともに身動き出来ない優牙に、星夜が降伏を勧告してきた。
「いいや、俺はまだ闘えるね。」
 優牙は強がってはみるもの、両腕の自由を奪われた状態は以外に滑稽で、あまり強気には感じられない。
「ほな、しゃぁないな。ちぃと手荒いけど、気絶して貰おか。」
 言うなり、星夜は屋上の床に右手をついた。
 瞬間、屋上が悲鳴をあげる。
「いくで! 超バラバラ乱舞攻撃!」
 1m四方程のコンクリートの塊が9個、宙に浮かんだ。屋上の床の一部がバラバラになったのだ。
「肉片砂嵐とは比べ物にならん質量や! これで潰れとうなかったら降参し。」
 だが、優牙はあくまで降参を拒んだ。鉄の輪で身動きが取れない状況にあるにも関わらず、だ。
「ほな、しゃぁないな! 己の愚かさ、その身を持って知るがええ!」
 星夜が優牙を指差すと同時、宙に浮いていたコンクリート塊が一斉に優牙に向かって突撃する。
 しかし、優牙は何の勝算も無しにこの状況に我が身を置いた訳では無い。彼は自身の力を知っている。そして今、星夜の力を知った。だからこそ生まれる勝算。
 優牙は迫り来るコンクリートの塊たちに向かってに自らを投じた。
 より正確に言うならば、飛来するコンクリート塊の隙間に、だ。額から生えた触角から、糸をフェンスに伸ばして。
 釣竿のような触覚から伸びた糸は、さながら釣り糸。先端は針では無いが、接着剤のようにどんなものにもくっ付く性質を持つ。その生体釣り道具は優牙の体重など軽々引っ張り、一瞬にしてフェンスまで引き寄せた。
「なんやと!?」
 先程頭部だけの星夜の背後に回ったのは、そういう事だった。まず周りを囲っているフェンスに糸を伸ばし、その糸を引っ張る事で星夜の背後に回る。次に方向転換して今度は屋上の床目掛けて糸を伸ばし、屋上に戻りつつ星夜にパンチを見舞う。この時星夜は優牙の動きを把握し切れていなかった。だから今回も優牙の動きに反応し切れず、コンクリート塊たちをあっさりかわされてしまったのである。
「かわしたんわ確かに凄いけどな! 自在に操れるっちゅう事を忘れ取るで!」
 星夜は背後を振り向くと同時にコンクリート塊を方向変換させて再び優牙を襲わせる算段だったし、実際そうした。
 優牙が屋上からその身を投げたのを目撃したとしても。
「何!? 一体どういうつもりや!?」
 思わずフェンスに駆け寄り、身を乗り出して下を確認する星夜。
 星夜が下を見た時、その視界に広がったのは優牙の死体でも地面でもがく優牙でも無かった。
 その視界に広がったのは黒い髪の毛の塊。
 その塊は星夜の顔面に衝突し、その衝撃で星夜は尻餅をついた。更には集中力が途切れた事でコンクリート塊も元の位置に戻ってしまう。
「ぐっ、こりゃ一杯喰わされで。まさかそないな技でくるたぁな。応用力だけならワイより上かもな。」
「誉めて貰っても嬉しくはないけどな。」
 優牙は身を投げたように見せ掛けて、実際はフェンス際に糸を伸ばしていた。あとは星夜が覗き込むタイミングを見計らって飛び出せばいい。激突で再度落下しそうにはなるが、もう二、三度糸を使えば屋上に戻るのは簡単だ。
「せやけど、手の内見せて貰うたからには、もう騙されへんで!」
 星夜は再度屋上の床に手をついた。また屋上をバラバラにするつもりらしい。
「それはこっちも同じだ! 討て、ミィ!」
 優牙の合図と共に、長靴を履いた猫が、長靴を吐いた(、、、、、、)
「へぶぅっ!」
 攻撃態勢にあった星夜は、猫が突然吐き出した小さな長靴を避ける事が出来ず、顔面でそれを受け止める。顔にはくっきりと靴底の滑り止めの模様が刻まれた。
 同時に、 バラバラになりつつあった屋上は瞬時に元の静かな屋上へと戻る。
「やっぱり。キミの能力は集中力を欠けばその時点で発動しないんだな。」
「いやいやいや、そんな事より何今の異常現象!? 長靴を履いた猫は長靴を吐く猫!? キモッ! キモイで!」
「キモイゆーな! 触ったものをバラバラにするセクハラ男のほうがよっぽどキモイわ!」
 正直、五十歩百歩です。
「ちゅーか、何やの、あんさんは!? 猫がコンセプトなのかその触覚がコンセプトなのか全然分からへんわ! あんさん自体がキモッ!」
「俺自体って……島の人間にまで化け物扱いかよ……。」
 それは、優牙の心の一番深い部分に突き刺さる言葉の刃。
 優牙がこの島に来た理由は、異端者たる優牙を嫌う「普通の」人間から逃れる為だ。だから、同じ異端者である島の能力者に異端扱いされては元も子もない。
「…………。」
 俯いたまま黙り込む優牙。彼は歯を食いしばり、突然フラッシュバックしてきた忌まわしい記憶に耐えた。
「……すまんかったな。」
 謝罪の言葉は予想外にも星夜からもたらされたものだ。
「ワイな、この喋り方の通り、生まれは大阪やねん。
 こん能力最初に使うたんわガキん頃なんやけど、そりゃもうドエライ騒ぎでな。「歩くバラバラ死体や〜!」言われて、危うく火葬場で生きたまま火葬されるトコやったわ。
 ほんでな、能力持たんヤツらからキモイキモイ言われて、ここまで越して来て……周り皆能力者か能力に理解ある人間やからなぁ……。
 その優しさに溺れて絶対せぇへんと誓っとった差別してもうたわ。
 ホンマ、すまんかった!」
 星夜はそれだけ独白すると、清清しい程までに勢い良く頭を下げた。
「……いや、俺の方こそ……キモイとか言ってゴメン。」
 星夜の潔さを前にして優牙も失言を謝る。
「まー何やな。あんさんもなかなかの漢やなぁ。」
 不意に星夜が右腕を分離させて優牙の近くまで飛来させるが、星夜が敵意を見せなかったので、優牙はあえて何もしないでおいた。案の定、星夜は優牙の体の自由を奪っていた鉄の輪をバラすだけで優牙へ攻撃をする事は無かった。
「真の漢かどうかはこれでしか分からへんけどな!」
 星夜は拳を握って所謂ガッツポーズを決める。
「あぁ、成る程、拳ね。」

 夢源学園高等部二年一組担任の野乃島鳳香は、屋上の入り口に隠れて転校生とクラスメイトの喧嘩の一部始終を見ていた。
 元々は職員会議の真っ最中に大音響を学校中に響かせて暴れている二人を注意しに来たのだが、その時目撃したのは偶然にも「キモイ、キモくない」といった一連のやり取りだった。
 担任として、一時はどうなるかと心配していた彼女だが、二人が上手く乗り越えて新たな友情を育もうとしている様を見て、今は、もう何も言うまいとドアに背を持たれかけて少しばかり感動している最中だ。
『ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど、やめといてやるか。』
 本来なら喧嘩両成敗で二人ともボコボコにしようと思っていた彼女だが、二人の友情に免じて口頭による注意だけで済まそうと思い、ドアを開けた。
「ちょ、何やのその腕力!?」
「スマン、ちょっと能力を使わせて貰った。」
「何やてっ!? ほなワイもいくで!」
「オイッ! 屋上をバラすのはやめろ!」
 だから、
 星夜が屋上の床をバラし、それを優牙がキックで粉砕するという事をやっているのを見た時、彼女は失望と同時に必要以上の怒りを覚えた。
 28歳にして身長138cm、幼児体型という彼女の肉体は、単に先天性の病などの影響だけではない。その類稀なる能力を、とある事情から幼い頃より酷使していたせいもある。
 その幼い頃から酷使されてきた能力「missile pod(ミサイル ポッド)」は、精神力や体力などの生体エネルギーをミサイル状に押し固めて撃ち出す凶悪なものだ。
 本来肉体に影響を及ぼさないタイプの能力を、肉体に影響を及ぼす程までに酷使してきた結果、彼女の能力は島の人間の中でも「単純な直接戦闘なら最大最強」とまで謳われるまでに成長した。
 様々な種類のミサイルを発射できるが、「マイクロミサイル」と呼ばれるミサイルは、大きさこそ小型だが、高い追尾性能を持ち、ロックオンした標的を延々600m程も追い回す。飛行速度は人間の走力の約三倍、破壊力は大人一人が全力疾走して体当たりをするのとほぼ同等。それを最大百発同時に発射できる。
 生身の人間が逃れる術は、無い。
 それは星夜にしても同じ事だ。彼は自身の肉体を数ミリ四方、数百単位までバラバラにできるが、意識的に操れるのは最大で10個ほどの塊まで。細かく分離させた場合は、いくつかの粒で一つの塊として制御しているのでのだ。
「テメェらなぁ、会議の間中、ギャーギャーうっせーんだよ! しかも屋上をぶっ壊しやがって……。ちゃんと弁償できんのか? あぁん?」
 我慢できなくなった野乃島は、その小さな体と可愛らしい声にはまったくもって似合わない口調と態度で、二人に迫る。
 案の定、二人は言い訳やら責任の擦り付け合いを始めたので、野乃島の怒りは頂点に達した。
 ――Target Lock On.
 ――安全装置解除。
 ――発射準備完了。
発射(Fire)!」
 ……その後、視界を埋め尽くす百発もの小型ミサイルに二人の生徒がどう痛めつけられたかは、ご想像にお任せします。

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