>第四章 番長、襲来<

 優牙が夢源島に来て四日目、つまりは登校初日の次の日。
 学校への道のりは既に分かったので、この日は特に急ぐことも無く一人で登校しようと家を出た優牙。
 すると、目の前を赤い髪が物凄いスピードで横切って行った。
「オッス! お早うッス!」
 その赤い髪はすれ違いざまに朝の挨拶なぞをしていく。
「お、オハヨウ。」
 驚いた優牙は反射的に返事を返していた。
 そのスグ後ろを自転車に乗った寿司屋の少年・大江戸秋冬が走り去る。
「姉さん、ペース落ちてるよ。」
 彼はメガホンを片手に、前を走る赤い髪にそんなコトを言っていた。
「あ〜、そう言えば、大江戸さん家にはもう一人娘が居るって言ってたっけ。」
 先日引越し蕎麦を届けた時のコトを思い出す優牙。その娘は出前を届けに行っていて、優牙が尋ねた時は留守だった。
「あの娘が大江戸シュ……シュ……。何だっけ?」
 話に二、三回出てきただけなので優牙は名前が思い出せなかった。
「まぁ、いいや。学校は島で一つ何だし、いつか会えるだろ。」
 そう思い直して学校へ行こうと歩を進める優牙だが……。
「って、あの二人、反対方向に向かって行ったよな?」
 学校がある方向は、家を出てから右方向。あの二人は右から左へ走り去って行ったのだ。確かに大江戸寿司屋は左方向にあるが、二人は気に止めるコトも無く通過して行ったので、忘れ物の可能性は低い。”ペースが落ちてる”とか言っていたので、何かの訓練か朝錬なのだろう。服装も体操服だった気がするし。
「まぁ、別に俺が気にするコトでもないか。」
 あまりにボヤボヤしていると優牙自身が遅刻しそうな気配もあったので、思考をストップさせて足を動かす優牙。
 だが、視線の先にはアフロヘアーのオッサンが踊っていた。
(うっわ、朝から何やってるんだ、あの人!?)
 朝っぱらから嫌なモノを見てしまった、という後悔の念が優牙の中に広がる。
 と、その時。更にマズイ事に彼と目が合った。
「Hey!! Gooodmooorniiiiing!!!」
 案の定、エース山田は大声で挨拶をしてきた。しかも踊りの動きが更に大げさになっている。
「お、おおオハヨウゴザイマス……。」
 無視する訳にもいかないので、一応返事をしておく優牙。だが……。
「Noooo! 朝の挨拶はもっとBigな声でっ!」
 優牙の声の大きさが気に入らなかったのか、エース山田は踊りを踊りながら優牙に詰め寄って来る。
「さぁさぁ! もっとBigな声で『Good morning』とshoutするのだ!」
「何がシャウトだぁーっ! 山田泰三(たいぞう)っ! 朝っぱらから猥褻物陳列罪(わいせつぶつちんれつざい)なんかかましてんじゃねぇよっ!」
 そう言いながらエース山田に飛び蹴りをかましたのは、引越し初日に見掛けたあの凶悪そうな顔の警察官だった。
「What!? このBeautifulなDanceingが猥褻物陳列罪!? Why!?」
「黙れ、汚物がぁぁっ! 逮捕だ逮捕!」
 そうして二人は路上で取っ組み合いの喧嘩を始めた。
(こ、これは関わらないでおこう……。)
 そう悟った優牙は気付かれないよう、静かにその場を離れた。

「はぁ、明日は静かに登校出来るかなぁ……。」
 歩きながら優牙はそんな事を呟いた。昨日はオバサン三人組に変質者と間違われたり、決闘をしたり、担任が発射したミサイルに追い回されたりと騒がしかった。
 というか、この島に来てから静かな時間は寝ている時間だけのような気もする。
「あ〜、今日は何事も起こりませんように!」
 そう、一際大きな声で呟いた時だった。
 突如、優牙の右側から何かがぶつかってきたのだ!
「ぎゃふん!」
 優牙はその何かと一緒になって道路に転がる。
「いってぇ……。」
 その何かは、非常に柔らかくて暖かいものだった。よく見てみれば、人の形をしているようである。
「うっ……。」
 その何かは呻き声をあげて、少しだけ動いた。
 ……それは竜宮だった。
「なっ!? た、竜宮さん!?」
 優牙の上に覆い被さっている彼女は、どうやら気絶しているらしい。その証拠に、優牙の呼び掛けにまったく反応がなく、シオンかアリスか分からなかった。
「キサマ、見掛けない顔だな。」
 竜宮を揺り起こそうとする優牙を見下すように、男が一人宙に浮いていた。
 いや、浮いているのではない。足の裏や背後から、ロケットの炎のようなものが吹き出ている。
 その男の黒髪は所謂リーゼント、漢字で書けば離前頭。しかもパーマが掛けられているようで、まるで頭から真っ黒な煙が突き出しているようである。元々は上品なヘアースタイルなのだが、何故か日本ではヤンキーなどに流行した髪型だ。
 ゴツゴツとした筋肉質の体格で、黒い学ランを着ているが、その学ランには「喧嘩上等」だの「特攻」だの「噴射命」だのといった金色の刺繍が施されている。しかも丈が異常に長い。ズボンも太腿の部分がやたらと膨らんでいて、工事現場のオッチャンを連想させる。
 三白眼の目に太い眉毛、への字に結ばれた口はあまり柄が良さそうには見えない。
 ……いつの時代のヤンキーだ、お前は。
 と、ちょっと年配(具体的には昭和を生きた年代)の人ならそう思うだろう。いや、暴走族や田舎の若者なら最近でもそういう格好をしているようだが。
「その女を助けるのか? なら、お前は『夢見会』の人間だな?」
「……何のことだ?」
「とぼけているのか? まぁ、いい。『Day Dreams』に、キサマのような者はいなかったから、キサマも敵なんだろうな。」
 優牙は男が言っている事がよく理解出来なかった。が、これだけは言えた。
 彼は言った――「その女を助けるのか?」――と。どんな事情があったのかは知らないが、竜宮を気絶させたのは彼に違い無い。それに敵がどうの、と言っているという事は、危害を加えるつもりがある、という事だ。
「ミィ!」
 優牙が相棒の名を叫ぶと、長靴を履いた猫・ミィがすぐさま駆け寄ってきた。優牙の家からさほど離れてはいなかったからである。
「竜宮さんを安全なところへ。」
 優牙が立ち上がって命じると、ミィは彼女の服を咥えて引き摺っていく。体こそ小さなミィだが、その力はなかなかのものなのだ。
「その女を助ければ、俺はキサマを攻撃するぞ? 無事で済むとは思わない事だな。」
「お生憎様。俺は気絶した女性を見捨てて逃げる程、卑怯者に育った覚えはないんでね。」
 そう格好つけてはみたものの、内心優牙は不安だった。
 目の前の相手が一体何者で、何故こちらに敵意を抱いているのかさっぱり見当がつかなかったからである。
 周りを見ても誰もいないらしく、先程まで取っ組み合いをしていた警官とアフロも既に居ない。
 どうやらこの時間には既に皆通勤通学を完了しているらしい。勿論、通勤通学の必要の無さそうな、隣のアパートの大家さんとかイギリス貴族に仕えるメイドさんなどなら居そうな気はするのだが。常に眠っているお爺さんと剣や刃物を携帯してはいるけどドジな使用人ではむしろ危険な気もする。
「俺は飛田(とびた)。”ロケット番長”の異名を持つ、飛田だ!」
 どうにかして人を呼ぼうとあれこれ考えていた優牙に、突然、男が名乗りをあげた。
「……俺は夢路優牙。」
 つられて名前を名乗る優牙。
「いくぞ、ユメジ!」
 言うが早いか、彼は上空から突如として落下してきた。
 ……いや、違う。落下してきたのではなく、飛び込んできたのだ!
「うわっ!」
 しかも飛び込みの勢いに乗じてパンチを放ってくる飛田に、優牙は飛びのいてこれをかわす。
 結果、空振りしたパンチはコンクリートの道路に直撃し……コンクリートにはぴしりとヒビがはいった。
(おいおい、マジかよ、あのパワー……!)
 ロケットで飛んでいた事といい、今のパンチといい、どうやら彼も何らかの能力を持っているらしい。
「フン!」
 コンクリートに思いっきりパンチしたにも関わらず、体制を立て直した飛田はすぐさま優牙に殴り掛かってきた。
(ボクサーも真っ青なパンチなんて、喰らってたまるか!)
 飛田が放ったストレートパンチは何の変哲もないものだった。優牙はそのパンチを華麗にかわし……た筈だった。
 彼のパンチが急に加速するまでは。
 彼のパンチは突如として加速し、優牙の顔面にクリーンヒットしたのだ。
「がっ!」
 訳も分からずよろける優牙。だが、飛田は容赦してくれない。
「ハァァァァァッ!」
 飛田は優牙がふらついている隙に、パンチのラッシュを浴びせてきた。そのパンチ一発一発もまた、不自然な急加速をして優牙を困惑させる。
「せぃやっ!」
 ラッシュのしめに聖拳突きを腹に決められ、吹っ飛ぶ優牙。
「グッ……ゲホッゲホッ!」
 起き上がった優牙は思わず吐きそうになって、腹を押さえた。
 その時だった。腹に違和感を覚えたのは。
「な、何だ? これ?」
 いつの間にか優牙の腹にはすり鉢状の物体がくっついていたのだ。
 腹だけではない。頬や肩、胸、二の腕にも大小様々な大きさのすり鉢状の何かがくっついている。
「それはな、」
 そう言ったのは飛田だった。
「キサマを地獄に飛ばすものだ!」
 飛田が手を打ち鳴らすと、すり鉢状の物体は火を噴いた(、、、、、)
「え、えぇぇぇ〜〜っ!?」
 すり鉢状の物体は上半身に集中している。そこから物凄い勢いで火を噴射されると、当然、優牙は体勢を崩して後頭部を強打する事になる……!
 咄嗟の判断でバランスを整え、後頭部強打だけは免れた優牙だが、噴射の勢いにより後方へ、文字通り吹っ飛んだ。
「う、うおぉぉぉぉおおおぉぉぉっ!」
 足を踏ん張り、どうにか体勢だけは整えた優牙だが、最初に居た場所から30m近くも後退してしまった。
 しかも、すり鉢が突然消えて驚いている間に、飛田が凄い勢いで突っ込んできたのである!
「とぅりゃぁぁっ!」
 威勢の良い掛け声と共に放たれた右ストレート。このストレートもまた、不自然な急加速で優牙に迫る。
 しかし、優牙はこの時、目撃した。
 右肘と右肩にそれぞれ、優牙の体に付いていたすり鉢と同じものがくっ付いていて、火を噴いているのを。
(ま、まさか……?)
 何かを思いついた優牙だが、目の前のストレートを避ける事は出来ないと思い、右手でそれを受け止めた。
 そして、彼が拳を離すと同時に自分の右手の平を見つめる優牙。そこには案の定、すり鉢状の物体がくっついている。
 優牙はすり鉢を確認すると、すかさず手の平を飛田に向けた。
「ムッ……。」
 手の平を向けられた飛田は少し動揺しているようだ。
「……これは、噴射口(ブースター)だな? そしてアンタの能力は噴射口を生成する事なんだろ?」

前へ//次へ
最初へ