シオンと優牙は二人で町外れの住宅街を歩いていた。
 本来なら町の中心地付近にある商店街へ向かう筈の二人が、何故町外れを歩いているのだろうか? 別に野外プレイとかそういうマニアックな事をする為ではない。断じて、ない。
 シオンがコンビニ以外の店の場所をほとんど知らなかったせいである。シオンのドラゴンに乗って上空から探したりしてみたが、それでもよく分からなかったので、一旦家に帰ろうとしている途中なのだ。
「あ、あれは……。」
 優牙はふと前方の草むらで(うごめ)く人影を見つけた。よく見るとその人影にはふさふさの毛が生えた獣の耳と獣の尻尾が生えている。優牙が知っている人間で、そんな奇抜な格好をしている者はたったの一人しか居ない。
「恋ちゃん、こんな所で何してるんだろ。道草をくってるのか?」
 草むらに居るのは、特殊能力「どーぶつえん」を持つ中学一年生。その特殊能力の影響で耳が獣のような耳へと変化し、尻尾を生やした女の子。所々跳ねたきつね色の長髪に、くりくりとした大きな瞳、キラリと光る八重歯。無邪気な笑顔と頭に被った麦藁帽子がトレードマークの荒塚 恋(あらつか れん)だ。
 彼女は何かのメロディを口ずさみながら、楽しそうに草をむしっている。長い間むしっているのか、彼女のそばには草が詰まったスーパーのビニール袋が2つほど置いてある。
「こんにちわ、恋ちゃん。何してるの?」
 何となく声を掛けるのを躊躇った優牙より先に、シオンが声を掛けた。
「あ、こんにちはっ。これはね、草むしりのお手伝いだよ。」
 成る程、確かに彼女は草むしりをしている。しかも動きやすく汚れにも強いジャージ着用と手袋着用という徹底ぶりだ。
「時給は結構いいし、この草は夕飯のおかずになるし、すっごい割のいい仕事なんだよっ。」
 ん?
 優牙とシオンは顔を見合わせる。恋がさり気無く爆弾発言をしているからだ。
 ――彼女、本当に道草を食っている(、、、、、、、、)
「ちょっ、恋ちゃん! 雑草は食べちゃダメだって!」
 慌てて恋を止める優牙に、当の恋は一瞬キョトンとした表情になる。まるで「この人は何を言ってるんだろう?」とでも言いたげな顔だ。その直後、何かを悟ったのか、すぐにまたニパッと笑顔に戻った恋は。
「だいじょーぶ、だいじょーぶっ! ボクの能力「どーぶつえん」はね、ボクの体そのものに影響しているから、雑草食べてもお腹は壊さないんだよっ。」
 と、わざわざ元気よくガッツポーズまでやってみせた。
 荒塚恋の特殊能力「どーぶつえん」は恋の肉体そのものに変化をもたらす能力である。その効果は、”地球上に存在するありとあらゆる哺乳類の能力をその身に宿し扱う事が出来る”というもの。それは猟犬並みの嗅覚であったり、猫科の俊敏さであったり……。獣の耳と尻尾はその能力の影響を受けて彼女の体から直接生えている。
 草食動物の能力もその身に内包しているから、雑草を喰らう事も可能だ。流石に消化に必要な腸の長さが若干足りないから、煮るなり焼くなりして火を通さなければならないが。
「……もしかして、貧乏だから雑草まで食べてるとか?」
「うん、そうだよ。」
 無邪気に。
 あくまで無邪気にそう答える恋。その無邪気さが逆に優牙には悲し過ぎた。
 その昔、「貧乏人は麦を食え」と仰った総理大臣様がいらっしゃるが、それの比では無い。ここに貧乏だから、と雑草を食べている少女が居る!
 プッツン、と。
 優牙の中で何かが弾けた。
 父性本能というか、お節介焼きの(さが)のようなものが優牙の中で轟々と燃え上がり始める。放っておけない。いや、放っておいてはいけない。
「なぁ、恋ちゃん。草むしりを手伝うから、ちょっと付き合ってくれないか?」
 恋は優牙の言葉に首を傾げる。
「別に手伝ってくれなくっても大丈夫だけど……。何の用なの?」
「もし良かったら町を案内して貰おうなぁ、と。安いお店とか知ってそうだし。」
「そういう事なら、ボクに任せて! この島のお店と道ならぜ〜んぶ知ってるよっ。」
「それなら、是非お願いしようかな。」
「じゃぁ、ちょっと待ってて。スグに終わるから。」
 言うが早いか、恋は物凄い速さで草をむしり始める。
「大丈夫、それは私がやるから。」
 シオンは恋を空き地から連れ出すと、ドラゴンを生み出して炎を吐かせる。
 ”火炎に似せた”精神エネルギーの奔流が、空き地の雑草に注がれる。三十秒と経たないうちに、雑草は煙をあげて燃え始めた。
 竜宮の能力「ドラゴン・ロアー」は彼女自身の精神エネルギーからドラゴンを生み出す能力だ。そのドラゴンが吐く火炎は”火炎に似せた”精神エネルギーであり、本物の火炎ではない。が、浴びせ続ける事で本物の火炎のように物体に着火させる事も可能である。
「あー、ボクのご飯がぁっ!」
 既に空き地全体に回った炎は、それまでに恋が引っこ抜いていたスーパーのビニール袋に詰まった雑草まで焼き尽くす。
「大丈夫、ご飯くらいなら俺が奢るから! だから、雑草なんて食べちゃ駄目だって!」
「でも……。」
「俺たちは食材の買出しに行く途中だったんだ。お店が何処にあるか分からなかったけど、恋ちゃんが案内してくれるなら、好きな料理を作ってあげるから。」
「でも……。」
「大丈夫だって、料理の腕には自身があるんだから。」
「でも……ボク、大食いだよ? あの草で三日分だったんだ。」
 優牙が再び「大丈夫」と言おうとした時、ふと袋の大きさが頭をよぎった。恋がむしった雑草を入れていた袋は、スーパーの袋のなかでも、かなり大きい袋だった。そう、2L入りペットボトルなら6本くらい入る大きさである。つまり、どー考えても10L以上×2。それが恋の三日分らしい。
 因みに、普通の成人男性が一日に食べる量は約2kg。つまり、水なら2L。そこから考えると……。
(……成人男性の約3倍かぁ。ちょっと厳しいかも。)
 しかし、最早後には引けない。というか、優牙が個人的に引きたくなかった。
「大丈夫! 俺の節約レシピに掛かればその程度!」
 得意気に胸を張って、自慢をする優牙。
「でも、節約レシピなのね。」
 余計な一言をシオンが言う。
「二人にも作れるように、という俺の配慮が分からないかな?」
 優牙の言葉にシオンは苦笑する。彼女はドラゴンに凍える吐息(コールド・ブレス)を吐かせて、空き地を消火している。彼女が生み出すドラゴンは何も炎を吐くだけではない。伝説の通り、炎や冷気あるいは毒を吐く事も出来るのだ。更には150kgくらいなら背に乗せて空を飛ぶ事も可能である。
 恋はというと、頭を抱えて未だに悩んでいる。
「ホントに大丈夫だって。」
「う〜ん、そこまで言うなら……。」
 優牙の説得に遂に折れた恋は、二人の先頭に立って、道案内を始める。
「じゃあ、まずはここから一番近いお店だね。八百屋の魚正(うおまさ)さんかな。」
(八百屋なのに()正なんだ……。)

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