「う〜ん、確かに物体を金属にする能力というのは凄いな……。」
 感嘆の言葉を並べる優牙に対し、駆楼都はとても得意そうな顔で告げる。
「物体を"貴金属(レアメタル)"にする能力だ。金属じゃない、勘違いしないで欲しいね。」
 金属と貴金属との違いは単純に人間の基準によるものである。通常、貴金属といえば金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムの8つを指す。これらは存在が希少なものが多く、腐食し難いという特徴がある。尚、学問分野によっては水銀や銅なども含める場合がある。
貴金属(レアメタル)……つまりは金、銀、白金を無限に生み出す究極の能力というワケさ。」
 因みに、貴金属とレアメタルは本来まったく別の意味の言葉だ。レアメタルとは産業上様々な理由から利用できる量が少なく、希少な金属のことである。
「どうだ、羨ましいだろう。」
 しかしながら、駆楼都は『貴金属とレアメタルは同じもの』で、しかも『貴金属=金、銀、白金』だと思い込んでいる。その為、彼の能力は厳密に言うと『能力者自身あるいは非生物を、(能力者が"貴金属(レアメタル)"と認めた)金あるいは銀または白金に変える』能力である。ややこしいが、そういうものである。理解して欲しい。
「でも、偽者だよね。触れ続けていないと30分で元に戻っちゃうし。」
 得意満面の駆楼都に対し、恋が冷やかな視線を送る。
「フン、そう言っていられるのもいまのうちだ! 貧乏庶民らしく地面に土下座させてやる!」
 駆楼都のその言葉を皮切りに、恋と駆楼都の戦いが始まった。
 最初に仕掛けたのは恋である。猫科の猛獣を思わせる脅威の瞬発力で右手の爪を駆楼都に振り下ろす。
 しかし、刹那の差。駆楼都が自分自身を金に変える方が早かった。獣の爪では金に傷を付ける事は出来ない。
「ハハッ、獣の力如きで貴金属(レアメタル)を破壊出来るわけがないだろう!」
 と、駆楼都は言おうとしたのだが……。駆楼都の姿をした金の像は口を少しづつ、ほんの少しづつ動かすだけだ。これは自身を金に変えている為に”金沢駆楼都の時間”も”金の時間”と同じになっている――つまり、ちょっとした動きであっても非常に時間が掛かってしまうのである。先程の台詞を言い終わるのは恐らく一時間後だろう。因みに意識だけは”金沢駆楼都の時間”のままなので、駆楼都本人は非常にもどかしく感じている。
「ウーッ!」
 爪を弾かれた恋はバッと距離をとった。
 瞳孔が縦に裂けた瞳で睨み付け、四つん這いになり、尻尾をピンと逆立てて駆楼都を威嚇する恋。
 駆楼都が言おうとしている通り、獣の力では金を破壊する事が出来ない。彼女の数少ない勝機は駆楼都自身が貴金属(レアメタル)になる前に一撃を加える事だったのだが、その目論見も外れてしまった。だから、一旦様子を見ようという算段である。
 それに駆楼都は一度貴金属(レアメタル)化したら自分からは仕掛けられない。一歩踏み出すだけでも半日は掛かるからである。つまり、彼が痺れを切らして元に戻った瞬間が恋にとっての数少ない勝機のうちの一つである。
 静寂。
 沈黙。
 睨みあい。
 金の像と獣娘は互いに睨み合ったまま動かない。
「いい加減、喧嘩はよせよ。この体勢、凄く疲れるんだけど。」
 見兼ねた優牙が二人に話し掛けた。両手にパンパンに詰まった買い物袋を提げているので、いい加減に疲れてきたのだ。かと言って卵が入っているから地面に落とすワケにもいかない。
「大丈夫だよっ、次で決めるからっ。」
 それに対して恋は優牙に向けて右手の親指をグッと立てた。
「え、いや、そういう事じゃなくてだな……。」
 優牙の制止も聞かず、恋は駆楼都に向かって突撃した。
「ハッ、痺れを切らして自分から向かってきたか!?
 だがっ! 獣の力なんかで傷付けられないのは分かっているだろう!」
 と、駆楼都は言いたいのだが、勿論言えていない。唇がかすかに開いただけだった。
「ガォッ!」
 気合一声。
 獲物に襲い掛かる猛獣の如き跳躍で、恋は金の像に飛び掛る。勿論、押し倒したところで傷一つ付く事もない。
 しかし、恋は駆楼都の像を押し倒し、ごろごろと転がし始めた。まるでボールにじゃれる犬である。
「一体何をする気……。ん、ヲイ! ちょっと待て!」
 当然、恋はただじゃれているワケではない。ある目的地に向かって像を転がしている。
「駆楼都クンってさぁ、すっごく綺麗好きだよね? 全身ゴミに(まみ)れても我慢出来るのかな?」
 獲物を(もてあそ)ぶ無邪気な猫のような笑顔で恋が笑う。
 恋が駆楼都を転がしている先にあるもの。それは……ゴミ集積所、である。しかも、生ゴミ収集の日だったので、かなり汚い。
 そう、駆楼都は綺麗好き――もとい潔癖症なのだ。金の像に汚れがあるなど彼にとっては許しがたい汚点である。
「ちくしょう! させるかよ!」
 咄嗟に叫んだ駆楼都(、、、、、、、、、、)は、次の瞬間には地面に手をついて止まっていた。
「遂に動いたね?」
 獲物を追い詰めた狼の如き視線で駆楼都を睥睨する恋。と、ほぼ同時。貴金属(レアメタル)化を解いた駆楼都目掛けて必殺の蹴りを見舞う!
 響く異音。
 しかし、その異音は肉と肉がぶつかり合った音ではなく、肉と金属がぶつかり合った音だった。
「ふんぎゃぁーっ!」
 右足の爪先を押さえて悶絶する恋。
「フッ、惜しかったなぁ、貧乏庶民!」
 駆楼都がゆらりと立ち上がる。その瞳に怒りの炎を(たた)えて。
「白金になれ!」
 駆楼都が恋に向けて指を鳴らす。瞬間、光の粒子が恋に向かって(ほとばし)る。
「ニャッ!」
 向かってきた光の粒子を恋が軽やかにかわす。目標を失った光はそのまま道路に直撃。見る間にコンクリート舗装の道路を白金(プラチナ)に変えていく。
 先程、シオンと優牙の服を銀に変えた時と同じである。駆楼都は自身の能力エネルギーを発することで遠くの物体をも貴金属(レアメタル)に変えられるのだ。
「……ねぇ、どうして金属化してる時に動けるの?」
 いつでも跳びかかれる体勢で、恋が問う。
 確かにそうだ。貴金属(レアメタル)化した駆楼都は身動き一つ取れない。これは紛れもない事実(、、)
「ハッハッハ、金持ちは日々成長するんだよ! 部分貴金属(レアメタル)化。僕は貴金属(レアメタル)化の制御に成功したんだ!」
 言いながら突き出す彼の右拳は、金色に輝く紛れもない(ゴールド)。しかし、彼は肘を曲げてみせる。つまり、彼の腕は手首から先が金になっているのだ。
「……確かに凄いね。三日前くらいまではそんなそぶりは無かったのに。」
「毎日少しづつ練習しているからな。今は数分しか制御出来ないから、あんまり使いたくは無かったん……」
 言ってから駆楼都は「しまった!」と悔しそうな顔をするが、後悔先に立たず。自らの口で時間制限の事を喋ってしまった。
「ありがとね、教えてくれてっ。」
 直後、弾かれたように駆楼都に向かって跳躍。胸元を狙い、抉り込むようなパンチ。
「おっと!」
 これに対し、腕のによる防御……は金と化している為、腕が重くて間に合わず、咄嗟に胸元を貴金属(レアメタル)化してガード。
「うにゃっ! うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」
 恋はガード上からでも構わず、猫パンチのラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ! 攻撃は最大の防御、とばかりに攻めて攻めて攻めまくる。
 しかし、攻撃が最大の防御となるのは攻撃が通じる相手に対してのみである。文字通り、攻撃がまったく意味を成さない相手に対しては……攻撃は最大の隙(、、、、)となる。
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……にゃにゃ?」
 恋の服が銀色の輝きを放ち、固まりはじめる。彼女の服が銀へと変化しているのだ。
「残念だったな、貧乏庶民。」
 恋がラッシュをしている間に駆楼都は手の貴金属(レアメタル)化を部分解除して、彼女の服を銀に変えたのだ。
「ふんぎぎぎぎぎぎ!」
 それでも持ち前の怪力で銀の服ごと動く恋。彼女のパワーなら服くらいの厚みの金属なら何とかなるのである。だから駆楼都は自身の服ではなく自分自身を貴金属(レアメタル)化して防御するしかなかったのだ。
「だが、もうこれで終わりだ!」
 金になった両手を組み、頭――は流石にまずいので肩に向けて思いっ切り振り下ろす駆楼都。彼自身の腕力に地球の重力を加えた必殺の一撃。
 轟く異音。
 駆楼都が勝利の笑みを浮かべた瞬間。
 恋も勝利の笑みを浮かべる。
 彼女は待っていたのだ。駆楼都が肉薄している状態で顔の貴金属(レアメタル)化を解除する瞬間を。その為にワザワザ彼の策に嵌ったフリをし、一撃を受けた。インパクトの瞬間に身を屈ませれば、銀となった服が多少なりとも衝撃を吸収してくれる。彼の攻撃を逆手に取った――まさに、攻撃は最大の防御、である。
 更に次の一瞬でもっと劇的な動きがあった。
 敢えて擬音で書いてみよう。こうだ。
 ぶっちゅうぅぅぅっ!
 キスである。KISSである。接吻である。それも恋から駆楼都へ。
 戦いが終わり、二人の間に友情も恋も飛び越えて突然愛が目覚めたのか……と、優牙とシオンは思った。
 しかし、実際に書かねばならない正しい擬音はこうだ。
 がぶりっ!
「うっぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!」
 キスのように見えたのは、恋が駆楼都の鼻の頭に思いっ切り(かじ)り付いた光景だったのだ。

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